第二十九話 皇太子クルト


 テルナー皇子が亡くなった事により戦いは終了した。


 クルトは、テルナー皇子の亡骸を抱きかかえながら城へと向かう。


 最初、シュライゼムの街の民衆はクルトがテルナー皇子を倒して街を解放した事に喜んでいたが、クルトが涙を流しながらテルナー皇子の亡骸を抱きかかえているのを見て喜ぶのを止めた。


 クルトの悲しみが民衆にも伝播したのだ。


 僕はクルトについていき、共に城へと向かっていると、城の前に皇帝陛下と皇帝陛下を守るマルタと五人の兵士が居た。


 クルトは皇帝陛下に気付くと涙を拭くが、涙はとめどなく溢れてくる。


 「···父上、申し訳ありません。···テルナー兄上を救う事はできませんでした」


 そんな沈痛な面持ちで謝るクルトをテルナー皇子の亡骸ごと抱き締める皇帝陛下。


 「よいのだ、よいのだ。お前はよくやった。出来る限りの事をしてくれた。さぁ、テルナーを弔ってやろう」


 クルトと皇帝陛下は城へと入っていく。


 護衛はマルタや兵士達に任せて僕は、怪我人の治療をローナやイルティミナ先生、チェルシー、ジアスと共に行った。


 クーデターを止めてから三日経った日に、城から使いが来て城に向かうように言われた。


 イルティミナ先生、パラケルトさん、ヨルファングさんも呼ばれていたので、一緒に城の謁見の間に行くと、玉座に座る皇帝陛下の右横にクルトが立ち、左側にアルバート皇子が立っていた。


 「十二星王達よ、此度のクーデターをよくぞクルトと共に止めてくれた。感謝する」


 僕達に向かって皇帝陛下だけじゃなく、クルトやアルバート皇子、周囲の大臣や兵士も頭を下げてくる。


 「頭を上げるべさ。あたし達は友の手助けをしただけべさ」


 イルティミナ先生の言葉で顔を上げた皇帝陛下だが、心なしか疲れている様に見える。


 「皇帝陛下、お疲れのご様子に見えるのですが、大丈夫ですか?」


 「あぁ、自業自得とはいえ亡くなったテルナーは余の息子だったのだ。愛する者の死はやはり堪えるものがある」


 よく見れば疲れているのは皇帝陛下だけでなく、アルバート皇子やクルトも疲れている様に見える。


 「だが、我が国の混乱を治める為にも休んでいる暇はない。それに対アルジュナ連合の軍の編成もしなければならないしな」


 皇帝陛下は一瞬目を瞑ると、目を開けた次の瞬間には疲れた様子などなかったかの様な覇気を見せる。


 「それよりもクーデター鎮圧に特に貢献してくれた貴殿らには報奨を渡したいと思っておる。まずはルートヴィヒ·バンシール、そなたをヨルバウム帝国男爵に任ずる」


 僕は片膝をつきながら頭を下げる。


 「ありがたき幸せ」


 顔を上げると皇帝陛下は申し訳なさそうな顔をしている。


 「すまぬ。本当はお主が男爵になっても喜ばぬ事は知っている。しかし、今のヨルバウム帝国には英雄が必要だ。だから申し訳ないがお主には英雄の一人になってもらう」


 「それがこの国の為になるのであれば」


 僕は再び頭を下げる。しかし、英雄の一人? 


 という事は他にも英雄になる人物が居るという事か?


 考えこんでいると、皇帝陛下が他の三人にも報奨を与えようとする。


 「この国の人間でない貴殿ら三人には報奨金を渡そうと思っておる。与えられる物が金しかないのは申し訳ないが」


 大臣の一人がイルティミナ先生達三人に袋に入ったお金を渡そうとしているが、これを三人は拒否する。


 「けっ、金なんていらねぇよ。俺らに与える金があるなら、クーデターで傷ついた奴の治療費や街の復興費に充ててやれ!!」


 ヨルファングさんの言葉に皇帝陛下は頭を下げる。


 「お心遣い感謝する」


 報奨の件は終わり、帰してもらえると思っていたのだけれど、まだ伝えたい事があるようだ。


 「それと、貴殿らには先に伝えておこうと思う。オルファースト王国を盟主にした連合との戦争での功績と、今回のクーデター鎮圧での功績を考慮してクルトを皇太子にする事にした」


 なっ!? クルトが皇太子!? という事はクルトが次の皇帝!?


 僕は驚きを隠せずにいるが、イルティミナ先生もパラケルトさんもヨルファングさんも驚いていない。


 「まぁ、これだけ活躍すれば民衆はクルト皇子を次代の皇帝に望むべさ。何もおかしい事はないべさね」


 「国が混乱している時には民衆が支持する者を皇帝にした方が混乱は収束するのね。でもアルバート皇子はいいのね?」


 「ええ、私は元々皇帝になりたいと思っていなかったので、弟に重責を押し付ける形になって申し訳ないぐらいです」


 アルバート皇子はクルトに申し訳なさそうな表情を向ける。


 「余達は三人で話し合い納得した上でクルトを皇太子にする事にした。今のヨルバウム帝国には一人でも多くの英雄が必要だからな」


 皇帝陛下の言葉に納得する。


 そっか、僕の他の英雄はクルトの事だったのか。


 クルトに視線を向けると、何か決意を秘めた表情をしている。


 皇帝との謁見は終わり、謁見の間から出たのだけれど、クルトの事が気になり、クルトの部屋にて二人で話す事にした。


 「クルト、テルナー皇子の事があったのに皇太子になるなんて無理をしているんじゃないですか?」


 僕の言葉にクルトは真剣な表情で応える。


 「正直無理はしている。まだテルナー兄上の事を割り切れていない。だが、今のヨルバウム帝国には英雄が必要なのは間違いない。それに皇太子になれば対アルジュナ軍の指揮を任せてもらえる事になる。俺はテルナー兄上を唆してクーデターを起こさせた炎王達が憎い。テルナー兄上はヨルバウム帝国を混乱させる為の道具にされたのだ。指揮を任せてもらえれば炎王達に復讐するチャンスもある筈。皇太子になる人間としては間違っているのかもしれないが、それでも俺は炎王達を許せない!!」


 そっか、クルトが決意したのは復讐か。


 僕も大事なものを失った辛さは知っている。


 それにクルトはしょうがなかったとはいえ、テルナー皇子の命を絶っている。


 テルナー皇子を殺さなければいけなかった状況を作った炎王たちが許せないのも無理はない。


 「···クルト、君が炎王達に復讐したいのなら止めません。でも復讐の為に他の者も傷つけるようなら、その時は友として止めますよ」


 「···あぁ頼む」


 固く誓った僕らはこの日珍しく酒に手を出した。


 飲まなければやってられない日もあるのだ。



 次の日、民衆にクルトが皇太子になる事が発表された。


 シュライゼムの街はお祭り騒ぎとなった。

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