第二十八話 クーデター鎮圧作戦⑤


 変わり果て異形の化け物となったテルナー皇子は無差別に周囲にあるものを攻撃している。


 このままでは街や城にも被害が出る。 


 まずはテルナー皇子を街から遠ざける必要がある。


 ヨルファングさんも同じ考えに至ったのか、拳に赤い魔力を纏わせ、街側から巨大なテルナー皇子の身体に拳を打ち込む。


 「ぶっ飛べぇぇぇっ!!」 


 二十メートルはありそうなテルナー皇子の巨体が浮き、吹っ飛んだ。


 その際に赤黒い脂肪の様な身体の一部は飛び散ったのだが、傷をつけたあたりから赤黒い脂肪が増殖している。


 傷は塞がり更に巨体となったテルナー皇子だけど、ヨルファングさんの一撃で街から少し離す事が出来た。


 ヨルファングさんは間髪入れずに赤い魔力を纏った拳をテルナー皇子の巨体に連続で打ち込む。


 吹っ飛んでは打ち込むの繰り返しで街から遠ざける事ができた。


 だいぶ巨大化したけど、これで心置きなく攻撃できる。


 テルナー皇子の体に現れた獣の顔からは炎や竜巻や氷の槍、岩の槍などが放たれるが、皆回避したり、攻撃で打ち消したりして各自対応している。


 空中でテルナー皇子の攻撃を避けながらイルティミナ先生は杖に赤と茶色の魔力を込めて、赤熱化した巨大な石をテルナー皇子に向けて雨の様に降らせる。


 「メテオレイン!!」


 一つ一つが火属性最上級魔法と土属性最上級魔法の複合魔法なのだろう。


 一個の巨大な赤熱石でとんでもない威力があり、テルナー皇子の身体を潰し燃やしているだけでなく、大地に大きなクレーターを作っている。


 とんでもない破壊力だ。


 パラケルトさんは機械で作られた不思議な鎧で空を飛び、高高度から金属の筒を潰れ燃えているテルナー皇子に向けて乱発する。


 「喰らうのね!! ミサイルフルバースト!!」


 金属の筒はテルナー皇子に当たると大爆発を起こした。


 二十発以上の金属の筒は、テルナー皇子の身体を消し飛ばし赤黒い脂肪の中からテルナー皇子の顔が見えた。


 もしかしたらこの赤黒い脂肪を取り除けばテルナー皇子を救えるかもしれない。


 イルティミナ先生やパラケルトさん、ヨルファングさんも同じ考えらしく、大威力の攻撃は止めて、テルナー皇子の本体に傷がつかない様に増殖する赤黒い脂肪を消滅させていく。


 僕もテルナー皇子の身体にまとわりつく赤黒い脂肪を斬り刻んでいく。


 赤黒い脂肪は増殖するけど、増殖するスピードは決して速くない。


 四人で赤黒い脂肪を消して、元のテルナー皇子の身体を無傷で赤黒い脂肪から出す事に成功した。


 赤黒い脂肪はテルナー皇子の身体から溢れてくるが出ては消してを繰り返してなんとかテルナー皇子の元の身体を保たせている。


 「···こ、ここは? お、俺は確かバ、バルバドスに薬を無理矢理飲ませられてそれから···」


 テルナー皇子が意識を取り戻した。


 僕は急いでクルトをテルナー皇子の元へと連れてきた。


 「テルナー兄上!! お目覚めになられたのですか!?」


 クルトはテルナー皇子が目覚めて嬉しそうにしているが、テルナー皇子の表情は暗い。


 「···結局はお前の勝ちかクルト。俺は騙され、この様な異形の身体に変えられてしまった」


 「···テルナー兄上、その身体の事ならきっと治し方を探してみせます。ですからもう戦いは終わりにしましょう」


 クルトは優しくテルナー皇子に語りかけるが、テルナー皇子は険しい表情でクルトを睨む。


 「···俺に情けをかけるつもりかクルト!! もし助かったとしても俺はどうせ死刑かよくて一生軟禁生活だ!! それに俺はお前を殺すつもりだったのだ!! それでもまだ助けるつもりか!!」


 テルナー皇子の剣幕にも怯まずクルトはテルナー皇子を真剣に見つめる。


 「確かにテルナー兄上は俺を殺すつもりだったのでしょう。···だけど、それでもテルナー兄上は俺の兄上なのです!!」


 クルトの本心であろう叫びに対してテルナー皇子は笑い声で応える。


 「ふははっ!! 何度も言ってきただろうクルト。お前に兄上と呼ばれたくないと!! 俺はこれから先もきっとお前を弟と認めないし、お前の邪魔をするだろう。それでも俺を兄上と呼ぶか?」


 「はい。あなたは父上やアルバート兄上に認められる為に色々な努力をしてきた事を俺は知っています。俺は嫌われているのでしょうけど、俺はあなたを尊敬していますテルナー兄上」


 クルトの言葉に目を丸くさせ、少しの間沈黙し、再び笑い声をあげる。


 「···ふはははっ。まさか嫌っていたお前が一番欲しかった言葉をくれるとはな」


 テルナー皇子は今も赤黒い脂肪が増殖している身体で立ち上がる。


 「だがそれでも俺がお前を好きになる事はない。生きていれば必ずお前だけでなくお前の大切なものも傷つけるだろう。だから殺せ。俺を殺せ」


 赤黒い脂肪が増殖し、再びテルナー皇子の身体を飲み込もうとしている。


 そんな状態なのにテルナー皇子はクルトを真っ直ぐ見つめる。


 「クルト!! 俺はまた化け物になり、そしてお前の大切なものを壊そうとするぞ!! 俺にはもう俺を止められないし、助かりそうもない。俺がまた化け物になる前にお前が殺せ!!」


 テルナー皇子の叫びにクルトは体を震わせる。


 「そ、そんな事できる訳がない!! 必ず元の身体に戻してみせますから耐えて下さい!!」


 クルトは涙目になりながら殺す事を拒否する。


 だがこのままではテルナー皇子はまた暴れてしまう。


 ここは僕が代わりに殺すしかないか?


 そう思って僕は剣を抜こうとする。


 「クルト!! 他の者に俺を殺させる気か!? 俺はもう助からない。そしてまた暴れるのだ。お前はお前の大事なものが傷ついてもいいのか? 俺はどうせ殺される。なら俺を認めてくれたお前に殺してほしい。それが俺の最後の望みだクルト!!」


 赤黒い脂肪に顔が包まれ始めてもテルナー皇子の瞳は真っ直ぐクルトを見つめている。


 クルトはテルナー皇子の言葉を受けて、杖をテルナー皇子に向ける。


 だがその手は震えている。


 「だ、駄目だ。やはり俺にはテルナー兄上を殺せない」


 涙を流しながら首を横に振るクルト。


 その間にもテルナー皇子の身体は膨張し始めている。


 「ク、クルト、俺は今でもお前が嫌いだ。だ、だがお前は俺をちゃんと認めてくれた人間だ。だから頼む。お、俺をまだ兄と思ってくれるならお前が殺してくれクルト!!」


 テルナー皇子の魂の叫びに体を震わせながらも杖に魔力を込めていくクルト。


 「そ、そうだ、それで良いんだクルト」


 テルナー皇子は優しくクルトに語りかける。


 その声を聞いてクルトは泣き叫びながらテルナー皇子の胸に岩の槍を打ち込む。


 テルナー皇子の胸には大きな穴が空き、口から血が溢れ出す。


 「ぐふっ!! ···よくやったクルト。···これでお前は英雄だ。···ありがとうクル···ト」


 赤黒い脂肪の増殖は止んで、テルナー皇子の瞳から光が消えた。


 そんなテルナー皇子を抱き締めながらクルトは泣き叫ぶ。


 「うわぁぁぁぁあっ!! テルナー兄上ぇぇぇえっ!!」


 戦いは終わった。だけどこの戦いはクルトの心に大きな傷をつけた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る