第五話 前進


 僕達は勝ってチェスタの街に戻って来た。


ステラは戦いが終わってからずっと顔色が悪い。

 やはり人を殺した事を気にしているのだろう。


 僕に出来る事は側に居て抱きしめる事しか出来ない。


 チェスタの街に着くとすぐに領主の館で今後の方針について話し合う事になった。


 エルバトス将軍は戦いがひとまず終わって安心したのか、柔和な表情をしている。


 「此度の戦い、皆ごくろう。皆の働きのおかげでガゼット皇国軍を見事撃退出来た。あれほどの被害を与えたのだ。しばらくは攻め込んでは来ないだろう。ゆっくりと休んでほしいと言いたい所だが、東の戦いは未だ膠着状態らしい」


 エルバトス将軍は顎髭を触りながらイルティミナに視線を向ける。


 「本当はイルティミナ殿には弓王の抑止力としてチェスタの街に残って欲しいのだが、そうも言ってられん。イルティミナ殿と弟子の三人には東の戦いに参加してほしい。希望するなら、出来るだけの兵士もつけよう」


 「わかったべさ。あたしと弟子達は東へと向かうべさ。ただ兵士は別にいらないべさ。あまり戦力を分散させるとガゼット皇国が再び動き出す可能性もあるべさ。それとあたしにはすぐにチェスタの街へと戻って来る方法があるべさ。だから弓王が動き出したとわかったらすぐに戻ってくるから教えてほしいべさ」


 イルティミナはエルバトス将軍にペンダントを渡す。


 「これは?」


 「錬金王パラケルト·スミスが作り出した遠くに居ても会話が出来る魔道具べさ。それで弓王が攻めてきた事を教えてくれればすぐに駆けつけるべさ」


 「おお、大賢者殿と同じ十二星王の錬金王殿の魔道具か。遠く離れた相手と会話が出来る魔道具を作るとはさすが錬金王だな。すぐに戻って来れる大賢者殿も凄まじいが。分かった。弓王が攻めてきたならば報せよう。では東の戦いへ向かってほしい」


 「了解したべさ」


 会議は終了し、僕達は東の戦いに参加する事になった。


 ステラはローナとマルタと別れの挨拶をしている。


 ローナとマルタはまだチェスタの街に残る事になっているらしい。


 別れを済ませ、イルティミナについていくと、人が居ない路地裏にやって来た。


 「イルティミナ先生? この先は行き止まりですけど」


 「わかっているべさ。ここなら人も来ないだろうから適所べさ」


 イルティミナ先生は路地裏の壁に魔法陣を描いていく。


 「その魔法陣は?」


 「これは目印だべさ。これを描いておけば、瞬時にこの場所に戻って来る事が出来るべさ」


 魔法陣を描き終わったイルティミナ先生は手に魔力を込め、何もない空間に黒い渦を出現させた。


 「さぁ、この渦の中に入るべさ。この渦の先はシュライゼム魔法学院寮の私の部屋べさ」


 信じられない。遠く離れたシュライゼムに瞬時に行ける事が。


 黒い渦に入るのを躊躇っていると、チェルシーが何の躊躇もなく入った。チェルシーの姿は黒い渦の中に消えていった。


 「さぁ、早く入るべさよ」


 イルティミナ先生に僕とステラは押されて黒い渦に飲み込まれた。


 気付くと、見覚えのある部屋造り。確かに魔法学院の寮部屋だ。


 驚いていると、黒い渦からイルティミナ先生が出てきた。そして黒い渦を消した。


 「よし、王都に戻ってきたべさ。ここから東の戦場に馬車で向かうべさよ」


 寮部屋を出ようとするイルティミナ先生を引き止め気になった事を質問する。


 「原理はわかりませんが、イルティミナ先生が魔法で離れた場所に移動する事が出来るのはわかりました。それなら東の戦場へと移動は出来ないのですか?」


 「いい質問べさ。ルートヴィヒ、これを見るべさ」


 イルティミナ先生が指し示す床を見ると、先程路地裏の壁に描いていた魔法陣と同じものが描かれていた。


 「私が転移魔法で移動出来る場所はこの魔法陣がある場所だけべさ。だから行ったこともない東の戦場には転移魔法は使えないべさ」


 なるほど。魔法陣は移動魔法で移動する為の目印なのか。


 こんな便利な魔法があるなんて。


 僕は新たな魔法を知って感動しているけど、ステラの表情は相変わらず暗い。


 いつもならこんな魔法を知ったら物凄いテンションで喜んで習得しようとするのに。


 ステラの心配をしながらも、僕達は東の戦場を目指して馬車に乗り込んだ。



        ◆◆◆



 私は人を殺した。それも数え切れない程。


 人を殺してから眠れない。寝れたとしても殺した時の事を夢見てすぐに起きてしまう。


 東の戦場へと向かっている馬車の中で人を殺した時の事を思い出し、吐き気を催して馬車を止めてもらう。


 外に出て吐く。食欲もなく、食べていないので出るのは胃液だけ。


 口の中を川の水ですすぎ顔を洗う。


 顔を上げ目を開けると、タオルを持っているルートヴィヒが心配そうに横に立っていた。


 ルートヴィヒからタオルを受け取り、顔を拭く。


 「ステラ、大丈夫? ちゃんと寝れていないみたいだし、食事も摂っていない。このままじゃ倒れるよ」


 「···心配かけてごめんね。でも大丈夫だから。ちゃんと乗り越えるから」


 私は作り笑いで微笑むけど、ルートヴィヒは心配そうな顔をしている。


 「ステラ、東の戦場に行ってももう戦わなくていい。衛生兵をしていれば誰も文句を言わない。もう人殺しをしなくてもいい」


 「···そんな訳には行かないよ。お兄ちゃんやチェルシー、イルティミナだって戦っている。東の戦場ではセシルやクルトも戦っているのに、戦える力を持っている私が戦わない訳にはいかない」


 「でもこのままじゃステラの心が保たない。イルティミナ先生やチェルシー、セシル、クルトの誰もがステラに倒れるまで無理して戦って欲しいとは思っていないよ。僕が一番怖いのはステラがいなくなる事なんだ。だから戦わないでいいんだ」


 ルートヴィヒはいつものように抱きしめ頭を撫でてくれる。


 だけど、いつもと違ってルートヴィヒの身体が震えている。


 私が心配をかけたからだ。


 「お兄ちゃん、ごめんね。でも衛生兵になったとしても私はずっと人を殺した事を悩み続けると思う。変わらないなら、私は戦場に立つよ」


 ルートヴィヒの目を見つめると涙目になっている。


 「わかったよ。でもステラには心配してくれる沢山の人が居る事を忘れないでね」


 振り返ると、イルティミナとチェルシーが心配そうに私を見つめていた。


 ···そうだよね。私には皆が居る。守りたい人達が居る。だから戦うって決意したんじゃないか。


 人を殺した事は変わらない。私はこの先の戦場でまた大勢の人を殺すのだろう。


 でも私の事を心配してくれるルートヴィヒや皆が居るなら私は戦える。


 「ありがとう、お兄ちゃん、イルティミナ、チェルシー。私はもう大丈夫。前へと進むよ」


 ルートヴィヒは私の顔を見て少し安心したみたいだ。


 その日、久しぶりに食事をちゃんと食べて眠る事が出来た。

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