第六話 懐かしの故郷


 東の戦場までは馬車で約四週間かかるらしい。


 チェスタの街で買った新たな剣を手入れしながらステラの様子を見る。


 顔色は良くなったし、食事もとり眠れているようだ。


 ステラは人を殺した事の葛藤を乗り越えたのだろう。


 これからも悩む事はあるだろうけど、その時はまた側に居ればいい。


 時折現れるモンスターを倒しながら馬車は南へと進む。


 本当はヨルバウム帝国から真っ直ぐ横に移動出来れば、連合の盟主国であるオルファースト王国に攻め込む事も出来るのだが、ヨルバウム帝国とオルファースト王国の間には険しい山脈がある為、オルファースト王国へ攻め込むには一度南下して東へ進み、北上するしかない。


 だが、今目指しているのは連合に入っている小国ワナゼンダ国である。ワナゼンダ国はヨルバウム帝国の東南に位置する国だ。なので南下してから東へと進む予定だ。


 攻められているミュルベルト王国はワナゼンダ国の隣にある小国ベストア王国と隣接している。


 ベストア王国も連合に入っている為、助けに向かうには、ワナゼンダ国とベストア王国を無力化し通過しなければならない。


 だが、クルトが、司令官を務めるヨルバウム帝国東軍はワナゼンダ国の手前で連合軍と交戦状態に入っているらしい。


 馬車を南下させている最中、フェブレン領に入り、フェブレン邸によるが、セシルの母親であるオリヴィエ様しか居なかった。


 やはり、アルゴ様もケルヴィ様もセシルと一緒に東の戦場へと赴いたらしい。


 フェブレン領を抜けて更に南下すると、懐かしい街に戻って来た。


 僕の生まれ故郷であるディスタの街だ。


 僕達は門番に身分証明書である冒険者カードを見せて街の中に入る。


 久しぶりのディスタの街は何も変わっていない。


 今日はもう日も暮れるのでディスタの街で一泊する事になった。


 宿をとり、イルティミナやチェルシーと一時的に別れ、僕とステラはディスタの街の歓楽街へと向かう。


 娼館の皆に会う為だ。


 歓楽街に入り娼館に向かうと、懐かしい強面の男性が娼館の前に立っていた。少し老けたが間違いない。


 「ジェイクさん、お久しぶりです!!」


 僕は嬉しさのあまり早足でジェイクさんに駆け寄った。


 「ん? ···もしかしてルートヴィヒか!? それに隣にいるのはもしかして···」


 「はい、ステラです」


 「おお、やっぱりそうか! 随分と大きくなったなぁ。これは女将さんが知ったら喜ぶぞ」


 ジェイクさんは笑顔で僕達を娼館の中へと入れてくれた。


 中に入ると、また見知った顔が居た。


 ステラに乳を与えてくれていたフリーデさんだ。


 「お久しぶりです、フリーデさん」


 ステラと一緒に頭を下げると、すぐにフリーデさんは僕達に気付くと満面の笑みで僕達を抱きしめる。


 「ルートヴィヒとステラよね!? あぁもう、二人とも大きくなって。二人と再会できるなんて今日は良い日だわ!」


 フリーデさんが大声で喜んでいると、他の娼婦さんや裏方の人達も僕達に気付いて集まってくる。


 知らない人も居るけど、懐かしい顔も沢山居た。


 一緒に生活していた時はまだ小さかったフリーデさんの娘ララちゃんも大きくなっている。ただ僕達の事は覚えていないらしく、フリーデさんの後ろに隠れながら僕達を見ている。


 皆と話していると、二階から一番会いたかった人が現れた。


 「なんだいなんだい。騒がしいよお前達!!」


 騒がし過ぎて降りてきたようだ。


 「お久しぶりです、女将さん!!」


 怒り顔の女将さんは僕達に気付くと少し驚いた顔をする。


 「騒がしいと思ったら、随分と懐かしい顔だね。だけどここじゃゆっくりと話も出来ない。ついてきな。上で話そうじゃないか」


 杖をつきながら二階へと上がる女将さんについていく。


 女将さんは老いたのか僕達が大きくなったせいなのか昔よりも体が小さくなったような気がする。それに昔は杖はついていなかった。だいぶ年老いた気がする。でもディスタの街を出てから約九年も経ったのだ。不思議ではないのかもしれない。


 懐かしい女将さんの執務室に通されてソファに座る。


 「久しぶりだね、ルートヴィヒにステラ。ステラは私の事は覚えてないだろうけど」


 「覚えているわ! 娼館の他のみんなの事も。私はお世話になった事は忘れない主義なの!」


 ステラの言葉に女将さんが驚いた顔をする。そりゃあ当時赤ん坊だったステラが覚えていると言っているのだから驚きだろう。


 ステラは前世の記憶がある事を隠す気が本当にあるのだろうかと時々思う。


 「まぁ、二人とも元気そうで安心したよ。で、何でこの街に来たんだい? わざわざ会いに来た訳じゃないだろ?」


 女将さんに戦争へと参加している事を告げると眉をひそめる。


 「あんた達が戦っているとはね。フェブレン伯爵のもとへと送った時からいずれはそうなるんじゃないかと思ったけど、随分と早すぎる。ステラはまだ九歳だろう?」


 「ええ、それでも私には守りたい人達がいるの」


 ステラの決意のこもった言葉を聞いて女将さんはしばし黙考する。


 「···あんた達の人生だ。私が口うるさく言う事じゃないね。ただね、ルートヴィヒ。あんたは兄ちゃんだ。ステラをしっかりと守りな」


 最初にステラを連れてきた時も言われた言葉だ。懐かしい女将さんの言葉に頷く。


 「···まぁ、気難しい話はこれくらいにして、あんた達の九年間の話でも聞かせておくれ」


 僕とステラは九年間何があったのか女将さんに伝えると、驚いた表情も時折見せながら柔和な表情で話を聞いてくれた。


 夜も遅くなったので、そろそろ帰ろうとすると女将さんが僕達に厳しい表情を向ける。


 「ルートヴィヒ、ステラ。あんた達がここに来るのは今日を最後にしな。もう私達に会いに来ちゃ駄目だよ」


 「何でですか? もしかして会いに来たのは迷惑でしたか?」


 「そうじゃない。あんた達の話を聞いて確信した。あんた達はこれから偉くなる。そんな時に娼館の人間と親密だと知られるとマイナスでしかない。だからもう来ちゃ駄目だ」


 「マイナスとか関係ないです。僕達は女将さんや娼館の人達が大好きなんです。だからまた会いに来ます」


 「そうよ。私達は何度だって会いに来るわよ。そのぐらいで私達の出世街道は塞がらないわ!」


 僕達の拒否の言葉に女将さんは大きな溜息を吐いた。


 「···全くしょうがない子達だねぇ。わかったよ、勝手にしな」


 「はい、勝手にします」


 その後、娼館の皆と別れの挨拶をして娼館を出た。


 「ステラ、皆に会えて良かったね」


 「うん、また来ようねお兄ちゃん」


 嬉しそうに笑うステラと星空を見ながら宿へと戻る。


 皆に会えて良かった。


 次の日、ディスタの街を出て東へと進む。あと一週間程でヨルバウム帝国東軍と合流が出来る。


 クルトやセシルの心配をしながら馬車を走らせる。


 戦場まであと少しだ。

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