第三十話 恐怖


 それは急な報せだった。


 中央大陸東にある大国ミュルベルト王国が、中央大陸の中小国の連合と戦争になったというのだ。


 しかも、戦争を仕掛けたのはミュルベルト王国ではなく、連合を組んだ中小国家群だった。


 歴史の授業で習ったけど、ミュルベルト王国は大国だけど、決して野蛮な国ではない。中小国とも輸入や輸出を行い、良い関係を築いてる国と習っている。


 なぜそんなミュルベルト王国が戦争を仕掛けられたのかは分からないけど、中小国家群の中心になっている国は判明した。


 それは中央大陸の中心に国を構え、中央大陸で最も歴史が古い国――オルファースト王国。


 中央大陸の二分の一を治めていて超大国と呼ばれているヨルバウム帝国とオルファースト王国、ミュルベルト王国は同盟関係にあった。


 その同盟を破ってオルファースト王国は連合を築いて、ミュルベルト王国に戦争を仕掛けた。


 当然、同盟関係にあるミュルベルト王国から救援要請がヨルバウム帝国に届いた。


 ヨルバウム帝国はすぐにオルファースト王国に戦争中止の呼びかけをしたけど、返事は帰ってこなかった。


 こうなった以上ミュルベルト王国を助けない訳にはいかない。


 ヨルバウム帝国も戦の準備が始まった。


 とは言っても学生である私達には関係ない。


 若干の不安を抱えながらも学院生活を送る。


 私の考えで言うなら今回の戦争を仕掛けた連合は愚かとしか言いようがない。


 ミュルベルト王国は大国である。確かに連合を組めば一時的には拮抗できるかもしれない。


 だけど同盟をミュルベルト王国が同盟を組んでいるのはヨルバウム帝国だけではない。


 西大陸の魔導大国ガラルホルン、東大陸の大国マドランガ共和国とも同盟関係だ。


 大国からの支援を受ける事が出来るミュルベルト王国が有利なのは誰が見ても明らかだ。


 それに連合はミュルベルト王国とヨルバウム帝国に挟まれる形となっている。


 挟撃する事が出来る事からもミュルベルト王国の勝利は揺るがない。


 ···その筈だったのに、ミュルベルト王国は国境の砦を奪われ、応援として送ったヨルバウム帝国五千の兵は半分にその数を減らし逃げ帰ってきた。


 更に嫌な報せが飛び込んできた。


 北の大陸の大国ガゼット皇国がオルファースト王国を盟主国とする連合と同盟を組み戦争への参加を表明したのだ。


 ヨルバウム帝国も応援どころの騒ぎじゃなくなった。


 ガゼット皇国が中央大陸に進行してくる場合、一番近いのはヨルバウム帝国の北港街――チェスタである。


 チェスタに向けて大規模な軍が編成された。その数五万。そこには宮廷魔導師であるマルタの姿もあった。


 「な、何でマルタが戦争に参加しなきゃいけないのっ!?」


 私は声を荒げてマルタを引き止める。


 「国に仕える宮廷魔導師だからね。しょうがないわ。それにフェブレン伯爵に養ってもらって宮廷魔導師にまでなれたんだから国に恩返しをしないとだしね」


 マルタは笑いながら戦場に赴いた。


 身近な人間が戦争に行くなんて想像してなかった。


 それはマルタだけじゃなく、ルートヴィヒが通う光迅流当主にも声がかかった。


 連合をミュルベルト王国と挟撃する為の軍三万に入るように言われたのだ。


 王都シュライゼムには沈鬱な空気が漂っている。




 戦争が始まってから三ヶ月が経つが未だ膠着状態が続いている。


 そんな時、フェブレン伯爵からセシルに手紙が届く。


 フェブレン伯爵とセシルの父であるケルヴィ様にも戦争に参加するように声がかかったらしい。


 セシルが心配でセシルの手を握る。


 セシルは何か覚悟した顔で私の手を握り返す。


 「···決めたよ。俺もフェブレン家の人間として戦争に参加する」


 セシルの言葉で動揺してしまう。


 「ち、ちょっと待って!! 戦争だよ? 死んじゃうかもしれないんだよ?」


 「だからこそ行くんだ。お祖父様もお父様も俺より弱いからな。守らないと」


 笑顔で告げるセシルに何も言い返せない。


 戦場に向かうと決意したのはセシルだけではなかった。


 クルトに寮の裏の林に呼び出され言われたのは戦争に参加するという事。


 「どうして!? クルトは皇子でしょ!?」


 「今回の戦争で王族の誰かが軍を指揮しなければ示しがつかない」


 「だからって何でクルトが行かないといけないの!? 第一皇子や第二皇子だっているじゃない!!」


 「第一皇子のアルバート兄上は父上の跡を継ぐ人だ。万が一があってはならない。第二皇子のテルナー兄上はアルバート兄上の補佐という仕事がある。それに俺を推してくれたのはテルナー兄上だ。王族としての義務を俺に与えてくれた」


 「あんな奴の言う事を聞いちゃ駄目よ!!」


 間違いなく第二皇子はクルトを自分の身代わりにしたのだ。


 必死に止めるけど、クルトは困った顔をするばかり。


 「ステラ、もう決めた事だ。俺は王族として戦場に立つ」


 クルトの意志は変わらなかった。


 セシルとクルト、それからゼルバとカイルがクルトについて行き、魔法学院を休学して東の戦場へと向かった。


 何で皆戦場に行くのよ。死ぬかもしれないのに。


 暗い表情をしてる私を気遣ってローナが話しかけてくれるけど、話が耳に入ってこない。


 そんなローナはいつしか真剣な顔をしていた。···まさか。


 「ロ、ローナ? ローナは戦場に行くなんて言わないわよね?」


 「···ステラ。私の故郷の村はヨルバウム帝国の北にあるの。北港街チェスタの近く。私が行っても何もできないかもしれない。でもこのままじゃお父さんやお母さんが死ぬかもしれない。だからね、決めたの。衛生兵に志願してチェスタへ向かうって」


 言葉とは裏腹にローナの身体は震えている。


 「怖いんでしょローナ? だったら無理して行かなくても」


 「怖いよ。でも家族が死ぬかもしれないのに安全な場所で一人だけのうのうと出来ないよ」


 私は泣きながらローナを止めたけどローナは黙って私の頭を撫でるばかりで首を縦に振る事はなかった。


 次の日ローナも魔法学院を休学し、衛生兵として北に向かった。


 落ち込む私は魔法学院の授業だけでなくイルティミナの特訓にも身が入らない。


 そんな私にイルティミナが告げる。


 「あたしはヨルバウム帝国の食客として北の戦場に赴く事になったべさ」


 なっ!? イルティミナも!?


 私が驚いているとチェルシーがイルティミナの目の前に立つ。


 「···お師匠様が行くなら僕も行く」


 イルティミナはチェルシーが言う事を分かっていたみたいで、呆れながら了承した。


 イルティミナとチェルシーも居なくなった。


 放課後私が教室でぼーっとしていると、ルートヴィヒが心配そうに私の顔を覗き込む。


 「大丈夫? ステラ?」


 「···お兄ちゃんは居なくならないよね?」


 次々と皆が戦場に行くからルートヴィヒまで行くんじゃないのかと怖くなる。


 だがルートヴィヒは私の頭を優しく撫でながら笑顔で告げる。


 「何処にも行かないよ。ステラが望む限り僕はずっとステラの傍にいるよ」


 その言葉で私は安心して涙を流す。


 「わ、私は卑怯だ。皆に死んでほしくないのに、自分は戦場に行こうとしない。···怖いの。自分が死んでしまうかもしれないのも怖いけど、人を殺すかもしれないのが凄く怖いの」


 涙を零しながら語る私を優しく抱きしめてくれるルートヴィヒ。


 「うん、わかるよ。ステラは間違っていない。人を殺すのが怖いって感情は何も間違っていないよ」


 「で、でも大切な人達が皆戦場に向かったのに私は何も行動していない。私は卑怯だ!!」


 「卑怯じゃない。ステラの気持ちはよく分かる。だからステラが本当はどうしたいのかも分かってるよ」


 ルートヴィヒの優しい言葉に遂には大声で泣き叫ぶ。


 私が落ち着くまで抱きしめてくれたルートヴィヒ。


 「···ごめんね、お兄ちゃん。それからありがとう。お兄ちゃんのおかげで決心がついたよ」


 ルートヴィヒの目を見つめながら告げる。


 「私も戦場に行く!! ···怖いけど。凄く怖いけど、それでも守りたい人達がいるから!!」


 「うん、そう言うと思ったよ」


 「···でも怖いからお兄ちゃんもついてきてくれる?」


 これは私の我儘だ。ルートヴィヒが付き合う必要はない。それでもルートヴィヒにはついてきてほしかった。


 ルートヴィヒは優しく笑いながら答えてくれた。


 「もちろん。ステラの傍に居るって言ったでしょ?」


 ルートヴィヒの言葉でいつの間にか恐怖が薄れていた。



 次の日、私とルートヴィヒも戦争への参加を志願した。

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