第一話 娼館での生活


 娼館に住み込みで働くことになって一週間。

 ようやく仕事にも慣れてきた。


 娼館の朝は意外と早い。僕やステラと同じ様に住み込みで働いてる人達と朝食を作り、朝七時に女将さん(娼婦さん達からはお母さんと呼ばれている)や他の住み込みの人達と一緒に朝食をとる。  


 ステラの食事は、住み込みで一歳の娘さんと娼館で暮らしているフリーデさんがステラに乳を飲ませてくれる。


 朝食の片付けを済ませると、娼館の各部屋の清掃とベッドメイキング。

 ステラをおんぶ紐でおぶりながら仕事する。


 清掃とベッドメイキングが終わると次はベッドのシーツなどの洗濯だ。

 洗濯は結構重労働だ。大きなタライに水をはって、シーツをもみ洗いする。汚れが取れたら物干し竿にかけていく。


 中々慌ただしく仕事をしているのだけどステラはグズらない。顔を向けるとすぐ笑顔になるし、夜泣きもあまりしない。


 女将さんやフリーデさん、他の娼婦の人達はステラは手のかからない子と言う。


 洗濯が終わると昼食の準備だ。住み込みの娼婦さん達は基本朝食を食べ終わると昼食の時間まで寝ている。


 娼婦さん達が起きてくるまでに裏方の人間で昼食を作る。


 皆で昼食をとり、昼食の後片付けをすれば、夕食の準備をする時間になるまで自由時間だ。


 と言ってもやる事は決まっている。


 女将さんの執務室で文字の読み書きと計算の勉強だ。


 いずれ事務仕事も出来る様になる為に必要な事らしい。


 覚えるのは難しいけど、ステラを抱っこしながら勉強してると、ステラが嬉しそうに文字を見てるので楽しい時間だ。




 夕食の準備をする時間になったので勉強を切り上げ、ステラをおぶって厨房へと行く。


 夕食を食べ終えて後片付けをすると、託児室に向かう。


 夜の仕事は娼婦さん達の子供の子守が主な仕事だ。 


 預かる子供は五人くらい。皆三歳児以下の年齢だ。


 そこにフリーデさんの娘さんのララちゃんもいる。

 ララちゃんはいつも僕の膝の上に座る。可愛いものだ。


 他の子供達もかまってかまってと元気だ。


 そんな中でもステラは静かだ。


 他の子は泣くし、暴れるしで台風みたいなのに。


 あまりに静か過ぎて病気かと心配になるけど、顔を向けると、笑顔になるのでその心配も吹き飛ぶ。 


 この娼館の営業時間は夜の八時から朝の五時までなのだけど、僕が面倒を見るのは夜中の十一時までと女将さんに言われているので、十一時になったら別の子守の人と交代して仕事は終わる。


 これが僕の娼館での一日だ。


 ステラをおんぶして自室に戻り、ベッドに横になるとステラを隣に寝かせて、頭を撫でながら僕も眠りにつく。



        ◆◆◆ 


 ルートヴィヒと娼館で暮らし始めてから一週間が過ぎた。


 ルートヴィヒの娼館での仕事は中々ハードだけど、ルートヴィヒはいつも笑顔だ。


 ルートヴィヒが働いている間私がする事はない。

 凄く暇だけどグズったりするとルートヴィヒの邪魔になるのでおとなしくしている。


 そんな私にも楽しみな時間がある。それはルートヴィヒの勉強の時間。


 計算の勉強は今更する必要のないレベル。文字も言葉が日本語なら読み書きも大丈夫と思っていたのだけど、言葉は日本語に聴こえるだけで文字は全く見たことない文字だった。


 なので今はルートヴィヒに抱っこされながら一緒に本を読んだり、ルートヴィヒが文字を書いてるのを凝視している。


 この世界では文字や計算は皆が出来る訳じゃなく、この娼館でも女将さんを入れて三人しか居ないらしい。


 つまり文字の読み書きと計算が出来ればそれだけでこの世界では大きなアドバンテージになるのだ。


 ぐふふっ、異世界チートの第一歩を私は踏んだ。


 と思っていたけど、ルートヴィヒの読み書きを覚える速度と私が覚える速度が釣り合っていない。


 ルートヴィヒの覚える速度が異常に早いのだ。おかげでついていくので必死だ。


 え? ルートヴィヒ賢くない? 計算も足し算引き算はもう出来るようになっているし、掛け算に足を踏み入れている。勉強を始めてまだ一週間ぐらいなのに。女将さんも驚いた顔でルートヴィヒを見てる。


 えっ? もしかして天才ってやつ? 私の異世界チート無双の夢が霞むんだが。


 まぁ、天使の様に可愛いから許すけど。


 ミミズの様な難解な文字と格闘し、夕食のオッパイを貰い終わると、ルートヴィヒにおんぶされて託児室に向かう。


 託児室には私の他に五人の幼児がいる。皆元気でルートヴィヒにかまってかまってアピールをしている。


 中でも私にオッパイをくれるフリーデさんの娘ララはルートヴィヒにかなり懐いている。


 その為か私をライバル視している。

 ルートヴィヒが私にかまうと嫉妬して泣いたりするのだ。


 ルートヴィヒは私のお兄ちゃんだ。だが、精神年齢は十七歳の私だ。幼児に嫉妬したりはしない。


 今の内にルートヴィヒを満喫するがいい。


 託児室での仕事が終われば、私とルートヴィヒの二人だけのスリーピングタイムが始まるのだから。


 自室に戻ると、ルートヴィヒと一緒にベッドに横になる。この時ルートヴィヒはいつも頭を撫でてくれる。


 美少年に頭を撫でられながら眠りにつくの最高!!


        ◆◆◆


 ――娼館女将マチルダ視点。


 ミーシャの子供ルートヴィヒとルートヴィヒが拾ってきた赤子ステラを住まわせ始めてから一週間が経った。


 五歳児だからといって雇う以上甘やかすつもりはない。

 他の裏方と同じ仕事内容を与えた。はっきり言って子供にはキツイ仕事だ。


 だけどルートヴィヒは一週間で仕事をそつなくこなすようになった。

 それもステラをおんぶしながらだ。


 驚きはそれだけじゃない。


 利発なのは分かっていたので、試しに文字の読み書きと計算を教えてやると真綿が水を吸うように覚えてしまう。


 それに仕事と勉強で終わる毎日を送ってる筈なのにいつも笑顔だ。


 託児室での子守も子供達に好かれているみたいだし、ミーシャがルートヴィヒを捨てた理由を理解してしまった。


 恐らく普通の子供と違うルートヴィヒに恐怖したのだろう。


 人は自分が理解出来ないモノを拒否する傾向がある。


 だからミーシャがルートヴィヒを捨てた事は理解できるが、だからといって親が子供を捨てる事を許容は出来ない。


 何よりルートヴィヒは真面目で優しいいい子だ。


 だけど、あの子をこのまま娼館で働かせていいものか。

 あの子はきっと何か大きな事をなせる逸材だ。


 こんな所で燻ぶらせていい子じゃない。


 それにステラもここにずっと居れば、待っているのは娼婦の未来だ。


 娼館の女将をしている以上娼婦が悪いと言えない。

 だけど、ステラも普通の赤子にしては落ち着いている。


 あの子にも何かあるのかもと考えてしまう。


 私はあの子達の未来を考えて、ある人物に手紙を送ることにする。

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