第ニ話 出会いと別れ


 ステラと一緒に娼館で生活し始めてから一ヶ月が経った。


 昼食の後片付けを済ませ、勉強する為に女将さんの執務室に向かいドアをノックする。


 「失礼します。ルートヴィヒです。勉強を教えてもらいに来ました」


 「ああ、入りな」


 中に入り、おんぶしているステラをソファーに寝かせ、その隣に座る。いつもの定位置だ。


 「今日は文字の読み書きが先ですか? それとも計算ですか?」


 「勉強の前に話がある」


 「話ですか?」


 女将さんは机の引き出しから一通の手紙を取り出す。


 「その手紙は?」


 「この手紙はフェブレン伯爵という貴族様からの手紙なんだけどね。明日、フェブレン伯爵がこの街――ディスタに所用でお越しになられるらしい。あんた達の話をしたらその時についでにあんた達にも会ってみたいと仰ってね。だから明日は、私と一緒に伯爵の別宅に向かうよ」


 「はぁ、分かりました。ですがなぜ僕達の話をされたのですか?」


 「フェブレン伯爵は優秀な若い人材を欲している。だから賢いあんたを紹介した訳さ」


 「···それは僕達に出ていって欲しいという事ですか?」


 「勘違いしちゃいけないよ。あんたは良く働いてくれている。このまま働いてくれた方がありがたいよ」


 「だったらここで働かせて下さい。助けてもらった恩を返したいんです」


 僕はキセルを吸う女将さんに頭を下げる。


 「その気持ちは嬉しいけどね、あんたは私の教えた事をすぐに覚えるぐらい優秀だ。私が教えれる事も早々に無くなるだろう。でもフェブレン伯爵は優秀な者にはどんな環境でも与えてくれるだろう。なにより、娼館にずっと居たらステラは将来娼婦ならないといけないかもしれない。それは兄としては嫌だろう?」


 確かにステラが娼婦になるのは複雑だ。ステラには自分がしたい事をして欲しい。でも···。


 「フェブレン伯爵の所に行けば、今よりも良い暮らしが出来るのは間違いない。ステラの将来を考えるならフェブレン伯爵の所に行った方がいい。それにまだフェブレン伯爵の所に行けると決まった訳じゃない。会ってみたいと仰られただけだからね。行けないなら今まで通り娼館で働いてもらう」


 「······」


 「まぁ、明日までに答えを出せばいい。今日一日考えればいいさ」


 「···はい、そうします」


 「話はそれだけさ。それじゃあ勉強を始めるよ」



 勉強が終わった後はいつもの様に仕事をする。でも頭の中ではフェブレン伯爵の所に行くべきか葛藤している。


 仕事は大変だけど、女将さんもフリーデさんや他の娼婦さん達、裏方の皆さんも皆優しい。


 この生活を僕は気に入っているし、拾ってもらった恩を返したいと思ってる。


 でも一方でステラの将来を考えるとフェブレン伯爵の所に行った方がいいと思う自分もいる。



 仕事を終え、自室に戻りステラと一緒にベッドに横になる。


 いつもの様にステラの頭を撫でながらステラを見つめる。

 ステラは蒼い瞳を僕に向けて嬉しそうに笑っている。


 そうだ、僕はこの笑顔を守ろうと誓ったんじゃないか。ステラの笑顔を見て気持ちは固まった。




 翌日、女将さんと一緒にフェブレン伯爵の別宅へと向かう。


 フェブレン伯爵の別宅は歓楽街をスラム街に向かう道の反対方向に向かって平民街と入り、平民街を真っ直ぐに歩いた先にある貴族街に居を構えている。


 今日は貴族様に会うからといつもの服より上等な服を女将さんからもらった。


 歓楽街を抜けて平民街に入ると、露店が立ち並び人の活気が凄い。


 露天に目を取られながら道を進む。道を進むに連れて人が少なくなっていく。


 貴族街に入った。平民街の活気の凄さにも驚いたけど、貴族街の立ち並ぶ屋敷の豪華さと大きさに驚いた。


 人通りは平民街よりも少ない。たまにすれ違うのは馬車だったり、従者を従えて歩いているきらびやかな装飾や服を着た人。


 住む世界が違うと思いながら女将さんに付いて行くと、一際大きい屋敷の前で止まる。


 屋敷の前にいる門番に女将さんが話しかけると門を開けてくれる。


 「さぁ、行くよ。粗相のないように気を付けな」


 「はい」


 女将さんについていき噴水や見事な庭園を抜けて豪奢な扉の前に着く。そこには執事服を身に纏った中年の男性が立っていた。


 「マチルダ様とルートヴィヒ様、それからステラ様ですね。お待ちしておりました。旦那様がお待ちです」


 豪奢な扉を開け中に入るように促してくれる。


 中に入り、豪華な美術品に彩られたエントランスを抜けて応接室で待つように言われる。


 応接室にも高そうな調度品がある。


 女将さんの隣にステラを抱っこしながら座って待っていると、扉が開き、質の良さそうなだが無駄のない服を身に纏った初老の男性が入ってきた。


 男性を見るやいなや女将さんが立ち頭を下げる。それに倣って僕も立ち上がり頭を下げる。


 「やぁ、待たせてしまったかな? 楽にしてくれ」


 そう言われて女将さんは顔を上げソファーに座る。真似をして僕も座る。


 対面に座る初老の男性はニコニコと優しそうな方だ。この人がフェブレン伯爵か。


 「マチルダ、久しぶりだね。君は相変わらず美しい」


 「フェブレン伯爵、お久しぶりでございます。伯爵も相変わらずお言葉が上手ですね」


 「ハッハッハ、本当の事を言っているだけだよ。それと隣の子は」


 「手紙でお伝えしたルートヴィヒとステラです」


 「君がルートヴィヒ君か。初めまして、アルゴ·フェブレンだ」


 「初めまして、ルートヴィヒと申します。抱いているのが妹のステラです。どうぞよろしくお願いします」


 「ふむ、マチルダの手紙通りの利発そうな子だね。私は君が優秀に値する子としか知らなくてね。君とステラの事を聞かせてくれるかい?」


 優しく語りかけてくれる伯爵に僕とステラが娼館で働く事になった経緯を説明する。 


 「そうか、随分苦労したみたいだね。早速で悪いが本題に入ろう。君はうちに来る気はあるかい? あるなら君が学びたい事は全て学ばせてあげれる環境は整っているよ。もちろんステラも一緒で構わない」


 僕は女将さんに目を向け、ステラにも目を向けた後フェブレン伯爵を見つめる。


 「はい、伯爵が迎えてくれるのであれば行かせていただきたいと思っています」


 「そうか、なら三日後に帰る予定だからそれまでに準備をしていてくれ」


 「わかりました、よろしくお願いします」


 これが僕の答えだ。ステラがいるから僕は頑張れる。ならステラがより自由な選択をとれる環境に居たい。だからフェブレン伯爵の元に行く事に決めた。


 その後フェブレン伯爵と女将さんが他愛もない雑談をして屋敷を出た。


 娼館に帰ってきて裏方の人達や娼婦の人達にフェブレン伯爵の元に行く事を伝えた。


 皆応援してくれたり、別れるのを悲しがってくれたりした。中でもフリーデさん、用心棒のジェイクさんは悲しがってくれた。


 フリーデさんはずっとステラに乳をあげてくれてたからステラとの別れを寂しがっていた。


 用心棒のジェイクさんは、僕がステラと一緒に娼館にやって来た時に門番をしていた男性だ。厳つい見た目とは違い子供に優しく、僕も優しくしてもらっていた。なので娼館を出て行く話をしたら寂しそうな顔で僕の頭を撫でてくれた。



 娼館の皆との別れを済ませて娼館を出る日が来た。


 ディスタの街の門までやって来るとフェブレン伯爵の馬車が待機している。 


 娼館の皆が見送りに来てくれている。


 「来るのを待っていたよ。さぁ、行こうか」


 フェブレン伯爵に馬車に乗るように促されて馬車に向かおうとしたら女将さんに声をかけられた。


 「ルートヴィヒ、これを持っておいき」


 女将さんに重さのある小さな袋を渡された。中を確認するとお金が入っていた。


 「フェブレン伯爵の所に行けば不自由ない暮らしが出来るだろうけど、お金はあるにこした事はない。持っていきな」


 「ありがとうございます」


 女将さんの優しさに涙が出る。


 「女将さん、娼館の皆さん。皆に優しくしてもらった事は忘れません。ありがとうございました」


 娼館の皆に頭を下げて、馬車に乗り込む。


 馬車が走り出す。見送ってくる娼館の皆がだんだん小さくなっていく。


 泣きながらステラを抱きしめる。


 「ステラ頑張ろうね」


 涙声でステラに語りかけるとステラはいつもの様に笑顔を向けてくれる。


 うん、ステラの為に頑張るぞ。


 こうしてディスタの街と別れを告げた。



        ◆◆◆



 ルートヴィヒと一緒にフェブレン伯爵の所に向かう事になった。娼館の人達は良い人達だったけど、いつまでもあそこに居る訳にはいかない。


 だって異世界チートをするには娼館にいてもしょうがないからだ。


 これからフェブレン伯爵の元で色んな事を学んで異世界チート無双してやるわ!!

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