第4話 プニプニフォオオオオオオオオ
「じゃああとで詳しいお仕事の話をするから、また夕方ごろに来てね」
サナさんにそう言われた俺、こと河合悠里は、再び秋葉原の街をうろついていた。電気街口にある駅ビルあたりをふらつきながら、昼御飯を何にしようか物色していた。
一旦、中央通りを目指したが、気が変わってやはり駅ビルに入っているカレー屋「インディアスパイス」で食べたくなった。
もともとは神保町にある店で、高校生の頃からよく食べに行っていたのだが、駅ビルが改装する際に秋葉原にも支店が出来たのだ。
「あの店のカレーはほかの店とは違うスパイシーさがたまらないんだよなぁ」
よし。そうしよう。腹を決めた直後、後ろから、背中の真ん中あたりにドン、という強い衝撃走った。ちょうど前に踏み出そうとしていた俺は堪えきれずに、顔面から地面にダイブしてしまう。
「いってぇ…一体なんだって言うんだ?」
慌てて身体を起こそうとする。と、背中に少しの重みとともに、ひどく柔らかいムニュッとした感触があった。
「ん?」
顔だけ後ろを振り返ると、すんげぇ柔らかいスイカ二つが、背中にグイグイ押し付けられているアンビリーバボーな光景が飛び込んできた。
「!?」
押し付けられたスイカが俺の背中に合わせて形を変え、潰れながらも、プルンプルンと強い弾力も持っていた。奇跡だ。ありえない。こんなすごいのが押し付けられて秋葉原のこんな街中にいるなんて、悠里は頭がフットーしそうだよおっっ!
「え?あ?へ?」
背中に絶え間なく襲い掛かるぷにぷにパラダイスに、頭の処理が全く追い付かず、意味をなさない言葉しか、口からは出てこない。
テンパった俺が視線をさ迷わせると、ちょうど俺の背中に被さるように乗っかっているスイカの持ち主と目があった。
「すすすすすすみません!よよよそ見してました!!!」
スイカの持ち主がそう云いながら起き上がろうとするが、少し立ち上がったところで、また足を滑らせて、俺の上に落ちてくる。
俺も少女に合わせて、起き上がろうと正面を向いたところだったので、顔面がスイカの谷に挟まれることになった。視界が暗くなり、変わりに顔面全体が気持ちよすぎるぷにぷにぷにぷにぷにぷにに包まれた。
「フォオオオオオオオオ!!!」
::::::::::
「何度もすみませんでした」
危ない危ない。俺の中の何かが覚醒しそうだった。いや謝るなんてとんでない、大ご褒美でしたもは口が裂けても言えず。素直にうなずくことにした。
ペコペコ謝る少女は、巨乳ってだけではなく、よく見るとかなりの美少女だ…というか顔を見たことがある。
あれ?もしかして…
「煌めき☆とらいあんぐるの桜井桜子さん?」
「へ?」
頭を下げた姿勢から目線だけこちらを向けてくる。いや、待って。その姿勢は谷間見えるから、俺の俺があれしちゃうから。
「もう大丈夫なんで、頭を上げてください」
街中で俺の俺があれしちゃうまえに、彼女を普通の姿勢に戻すように促した。
「ありがとうございます。あ、はい。さっきの質問ですが、そうです。私は……煌めき☆とらいあんぐるの桜井桜子です」
「あー、やっぱり」
納得する俺に、桜子さんは何かに気づいたように両手を軽くパンと合わせた。
「そういうあなたは…ユーリさん、ですよね?何度か握手会に来てくれましたよね!」
満面の笑みをこちらに向けてきた。すげぇ。アイドルの笑顔の破壊力ってすげぇ。それに姿勢を動かす度にぷるんぷるんするのも反則だよ、これ。
「そ…そうだけど…よく覚えてるね」
「覚えてますよ!1回来てくれたお客さんはだいたい覚えられます」
「あの人数がいるのにすごいね」
煌めき☆とらいあんぐるのライブで彼女を目当てに来る客は2~300人いる。ライブは月に3~4回。彼女が加入したのはわずか5ヶ月前だから、1回のライブで平均10人以上のファンの名前と顔を覚えている、ということになる。
「ファンの方はアイドルにとってとても大事ですから」
外向けにそう言うアイドルはたくさんいるだろうが、この子は素で言っているようにしか聞こえない。これで嘘ならそれはそれですごいとも言えるが。
「やっぱりプロ意識高いなぁ」
前から彼女に対してそう印象を持っていたが改めて感じたからか、つい口に出して言ってしまう。そうそう、それより今この時間に彼女がここにいる、ということで気になることがあった。
「ところで」
「はい」
「今日は昼と夕方のと二回渋谷でライブがあったと思うけど、なんでこんなところにいるの?」
そう。仕事柄行けなかったが、ライブかあることはチェックしていた。昼の部と夜の部に間に時間があるとしても、リハとかいろいろあるだろうから、昼休憩にしてもわざわざ渋谷から秋葉原までくるほど余裕はないはずだ。
しかし俺の言葉を聞いた桜子さんは気まずそうな顔をする。
「SNSチェックしていませんか?」
「???なんの話??」
午前中から仕事をしていて、さっき飛び出してきたところだ。朝から全くスマホをチェックしていない。
「そうですか…まだ自意識過剰でしたね…実は私、煌めき☆とらいあんぐるをクビになったんです」
「は?」
はっきり言って彼女は、煌めき☆とらいあんぐるのエースだ。彼女が入る前、煌めき☆とらいあんぐるは、ライブをしても客が20人程度しか入らないという無様なものだった。しかもそれだけ少ないというのに半分以上は、どうみても身内。まさにド地下アイドルを地で行くユニットだった。
そんなド地下にも関わらず、曲や衣装はかなり力が入っていて、広告までうっている。SNSで動画を見て、編集のクオリティが高く、驚かされて見に行っては見たものの、ステージを見てあまりの落差にがっかりしたオタクも多い。
何せ、本人たちのやる気が無さすぎるのが誰の目にも明らかなのだ。しかも、こんなド地下アイドルで完全口パク、トークなしって言うのもひどい。
というか、ヒドイを越えて、意味不明に近い。かなりの金をかけていて、これだけやる気がないというのは、何が目的なのかわからないというのが正直なところだ。
「桜子さんが入ってから、と入る前じゃ煌めき☆とらいあんぐるは別のユニットと言っても過言じゃない」
むしろ彼女のためのユニットとも言える。
「私も売れていないユニットにテコ入れするため、オーディションをした、という事情は聞いていました…ですが」
そこまで言って、桜子さんは言いよどんだ。言いかけが気になって続きを促そうと思ったが、桜子さんはすごく言いづらそうな表情を見て、俺も口をつぐんだ。
まぁ、裏事情みたいなもんを話そうとしていたからなぁ。うーん。しかしアイドルをクビになったか、ん?クビ?
「アイドルをクビになったということは、桜子さんはいまはアイドルじゃないってことだよね?」
「え?は、そうですね。そうなります」
もし彼女がアイドルであったら問題だが、そうでない今なら問題ないはずだ。
「桜子さん、いまお腹減ってない?」
:::::::::以下お知らせ
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