第2話 次の仕事は…。

先ほど、契約解除を申し渡されたばかりの俺は、編集部の扉を、バタンと、閉めて、外に出た。


戸の向こうから「塩撒いとけ!」という絶叫が漏れてくる。俺は、振り返りもせずに、少しイライラをぶつけるかのようにバタバタと階段をかけ降りる。


…と、こんな勢いで飛び出したはいいが、今日の予定全部ぶっ飛んじまったな。さーて、何するか?


一階のエレベーターホールを早足で抜けて編集部が入ってるビルから出ると、外はカラッカラのいい天気だ。車がブンブン走る靖国通りが、視界いっぱいに広がっている。


東京都千代田区の九段下付近から、神保町までの靖国通り近くには、出版社や本屋が立ち並ぶことで有名だ。俺が飛び出した編集部も、そんな一角に居を構えていた。


仕事は辞めた、あるいはクビになったと言えばそうなのだが、実は自分のこれからについては、大して悲観的にはなっていない。


俺こと河合悠里は、大学生活の4年+卒業後の3年をフリーライターとして過ごしてきている。さっきも言った「前の編集長に請われて」っていうのは、去年の話。


だから、まぁ、辞めたと言うよりはもとに戻ったというのが感覚的には近い。俺は、もともと、アキバ系カルチャーの中でもアイドルとかメイド喫茶とかに詳しいライターということで、それなりに名前が通っていた。


……ので、仕事はすぐに見つかる…はず!きっと!


だからアイドルナウの編集部から飛び出したときに持ってきた様々な私物(カメラとパソコン)が重くなって、どこかで一落ち着きしようと、神保町から徒歩圏内にある秋葉原のメイド喫茶に昼間っから向かっても何も問題ない。いいね。


秋葉原の中心から少し外れたビルの入り口にある地下につながる階段を降りてくと、古めかしい店の扉をあらわれた。扉を開けると、カランカラン、扉についた鐘が客の来訪を告げた。


音に反応したメイドさんが「いらっしゃいませ~お好きな席にどうぞ」と言ったので、店の端っこにある1人机に陣取ることにする。


席に着くな否や、俺はノートパソコンを開いて調べものを始めた。調べ物というか、いや、その、まぁ職探しだけど。


「いらっしゃいませ。お冷やお持ちしました。メニューはこちらに置いておきますね」


「ああ、どうも」


調べもの、もとい次の仕事なにしよっかなぁってことで頭がいっぱいだった俺は、お冷やとメニューを持ってきたメイドさんの方を見ずに、生返事だけを返してしまう。


「ユーリさん、調べものですか?」


「え?」


メイドさんがお冷やを置いたあと、その場を離れずにそのまま話しかけてきた。その声が聞き覚えのある声だったので、顔をあげると、やはり俺が知ってるメイドさんだった。


「ああ、サナさんか…そう調べものしてるんだ」


サナさんはこのメイド喫茶「マーマレード」で、働いているメイドさんである。


まだ二十歳かそこらなのに、穏やかな性格で、美人の上にスタイルよくて、何より聞き上手なせいか、ネットでは「バブみが深い」とファンによる書き込みが絶えない。


「SNS見ましたよ。仕事辞めたって」


仕事が欲しいので、SNSには仕事を辞めたことを記載してる。優しい人が声をかけてくれるかもーという淡い期待を込めて。


「あっはっはっ!サナさんは、情報が早いなぁ…そうそう編集長の方針に着いていけなくなって、ケンカ別れしてきたわ」


「喧嘩別れですか…。ええと、引き抜きでないのでしたら、次に決まった特定の仕事があるとかではないんですね?つまり、フリーライターに戻ったんですね!?」


「えーと。まー、そういうことだね?」


サナさんとは3年程の付き合いだから、アイドルナウの仕事を受ける前、フリーライター時代に、今と同じ席で記事を書いていたことも知っている。


「それなら、前みたいにお昼にも来てくれることが増えそうですね。私としては嬉しいことです」


「ははは。まぁ、時間に縛られることもないから、自然とそうなるだろうね」


そう何気なく話していたのだが、不意にサナさんの顔が曇った。


「最近…ユーリさんみたいに昔から来てくれる人も少しずつ来なくなってきて…」


「そうなんだ…」


そう言われて店内を見回してみる。確かに客の数は俺を含めても、数人だけ。以前にフリーライターとして店によく顔を出していた頃、この時間帯なら店内の席の半分は埋まっていた。


「確かにこのお昼にしても少ないね」


秋葉原は観光地でもあり、平日の昼間とはいえ、それなりに人が来ていたものだが。


「原因はご存知だとは思うんですけど…」


「ああ…最近、行儀の悪い店が増えたからなぁ」


実は、秋葉原はここ数年で雰囲気がガラっと変わった。特に夜。メイド喫茶のビラ配りに紛れて、黒服のいかついお兄さんを後ろに控えたギャル風の女の子が秋葉原のあちこちの通路に立って客引きをするようになったのだ。


秋葉原では警察に届け出て、許可を貰った上、ルール内でビラ配りをしているメイド喫茶が多数ある。


ところが黒服のいかついお兄さんがいる店舗はルールを全く守っていない。本来なら許可証は1店舗1枚だから、1人しかビラ配りはできないのに、何人も客引きに立っている。


ほかにもルールとして、歩行者の進路に立つのも禁止だが、そういう店はぐいぐい近寄ってきて声をかけて、客引きする。ルールを守っている店は道の端でチラシ配っている。


そうなると、ルールを守っているメイド喫茶はルールを守っていない店に完全に埋もれてしまっているのだ。


「うちのお店はもともとビラ配りしていないからまだ被害は少ないんですけど…」


まるで少し前の歌舞伎町にあったようなヤバい店がドッと増え、そういう店に限ってほぼボッタクリ。でも、大半の人はこんな実情を知らない人ばかりなので「メイド喫茶でぼったくられた」と風評被害が飛び出す事態になっているのだ。


「こんな事態が続くとドンドン秋葉原のメイド喫茶の評判自体が落ちるよね…」


「そうなんです…」


うーん。それには黒服の連中を排除する必要があるんだけど、正直、簡単な話ではない。


「まぁ知り合いに伝えて、まずはそういう問題が広まるようにしてみるよ」


「ありがとうございます。私も来てくれたお客さんには気を付けるようにお話はして…」


と何かを言いかけたところでお店のキッチンから、サナさんを呼ぶ声がした。何か料理でも出来たのか、配膳をしろ、ということなのだろう。


「あ、ごめんなさい。失礼しますね」


サナさんは、スカートをひるがえしながら、仕事に戻っていった。さて、仕事探しに戻りますかね。


再びパソコンの画面に戻ろうとすると、スマートフォンが、ブーブー、と鳴った。何の通知か確認しようと開くと、どうやらSNSのメール機能に連絡が入ってきていたようだ。


「どれどれ…お、早速来たな」


SNSに、アイドルナウを辞めたことを書き込んだのを見てくれたのか、前々からスカウトをかけてくれてきた人たちから、改めてスカウトのメールが届いたのだ。


「うーん。木村さんは…大手で正社員かー…気持ちは嬉しいけど自由効かなそう。橋本さんのは…あー条件悪くないけど、仕事の領域が趣味じゃないなぁ…どっちも保留だなぁ」


声をかけてくれるのはほんとうにありがたいんだけど、大手企業では結局前の仕事のように上司運悪いと死ぬし、アキバカルチャー系の仕事を続けたいし。いや、こんだけ条件いいのに、いちいちめんどくさいな俺。


「お。これいいな。アイドルナウに対抗したアイドル情報系webサイトの立ち上げか…しかしこの声をかけてくれた遊佐さんって人、知らない人だなぁ」


フリーライターは人のつながりが大事。あの人なら頼めるって信頼が仕事を生むわけだ。逆にいえば、あまり知らない人にいきなり頼むっていうのもないわけではないが珍しい。いや、二束三文で大量発注する仕事とかだと、珍しくもないか。


「注文決まりました?」


配膳を終えたのだろう、サナさんが、再びこちらに声をかけてきた。


「ああ、アイスコーヒーとミルクレープお願い」


「アイスコーヒーとミルクレープですね。かしこまりました」


サナさんが、注文を受け付ける手元の機械をピピっと操作すると、ジジジジと遠くで紙を出す音がした。キッチンで注文を受け付けたのだろう、バックヤードが動く気配がする。


「ああ、サナさん、ちょっといいかな?」


「はい…なんでしょう??」


「この遊佐夏菜って人、名前聞いたことある?」


サナさんは顔が広い。聞き上手でこういう店にいるからか、来た客がみんないろいろなことを話していくのだ。そのため、アキバ関係者のことだったら、俺以上に詳しい。もしかしたら、と思って聞いてみた。


ちなみにメール見せたりするのは本当はマナー違反だけど、サナさんは口が固いから黙っていてくれるだろう。


「はい。知ってますよ」


サナさんのニコニコっとした笑みが、ちょっと悪巧みをするような顔になったような気がした。理由もわからないので、気にせず話を続ける。


「え?まじで?どんな人か教えてくれる?条件がぴったりだから、気が合いそうな人なら受けたいんだよね」


「私の本名です」


「へ?」


遊佐ゆさ夏菜なつな、真ん中の2文字でサナです。つまり依頼者は私です」


してやったり、という表情のサナさんに俺はあっけに取られてしまった。






:::::::::以下お知らせ


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