第19話 父の背中
「…色々作りましたが、これでは食べられませんね…。」
アイリスはそう言うと、父の手を握りその手に額をつけた。
こうしてジョージの意識は戻らないまま、血に濡れた誕生日は過ぎていった。
***
ジョージへのプレゼントだったサングラスを置いて、アイリスが病室を出ると、修が院内着を来たまま、アイリスを探し回ったのか、正面に立っていた。
「アイリス!」
修が駆け寄って抱きしめると、アイリスは思わず泣き崩れ、修と共にその場に座り込んだ。
「父上が…父上が…!」
「わかってる、俺を守ってくれたのを見てた。俺がまんまと誘い出されたばっかりに!ごめんアイリス!」
修は苦虫を噛んだような顔をしながらそう絞り出すように言った。
アイリスはずっと前を歩いていて、それが当たり前だった父の背中を見失い、ただ涙するしかなかった。
***
アイリスが泣き止むと、自販機の前でコーヒーを飲み、二人は真剣に話し合った。
「俺の母さんに頼まれて、オヤジさんと守ってくれてたんだよな?オヤジさんの車を見かけると何故か安心したのを思い出すよ」
「父上は任務は必ず遂行する最高の傭兵ですから…お母様とはその話はなさっていたのですか?」
「いや…母さんは忙し過ぎて、俺に構うのは誕生日くらいだから」
そう修が肩をすくませると、アイリスは修の背中を叩いた。
「ありがとう…なんで俺、誰に狙われているかわかるか?」
「総理に予告状を送った犯人はわかってませんが、貴方を狙ってる暗殺部隊は黄道十二宮隊と判明しています。ただ、父上を撃ったのは暗殺部隊の者か、貴方に死んで欲しい犯人かは見えませんでした」
修はそれを聞き、更に肩を落とすと、アイリスは今度は修の背中をさすった。
そして暫くして、修はスッと立ち上がると、アイリスに向き直った。
「…で、こんな事になって、俺このままじゃダメだと思うんだ。ただ守られてるだけじゃ太刀打ち出来ない」
「そうかもしれませんね、でもどうすれば…。」
修は自分の胸に右手を当てて、話した。
「俺に戦い方を叩きこんでくれないか!?自分の身を少しでも守れるように!」
修がそう言うと、アイリスは昔の事を思い出していた。
***
母親が死ん後、ジョージはアイリスを一人にしないよう、傭兵の訓練をする施設へ、アイリスを連れ出していた。
「撃ち方はじめ!」
ジョージがそう言って指導をしている姿を、アイリスは遠目に見ていた。
訓練生に手本を見せるジョージの背中は、アイリスにはとても大きく見えた。
そしてその日の夕方。
「父上…私も父上に鍛えてもらいたいです」
それを聞くと、ジョージは少し驚いたような顔をしたが、アイリスの頭を撫でながらこう行った。
「俺は厳しいぞ…よし!最高の傭兵にしてやるからな!」
そう言って持ち上げられたアイリスは何日かぶりに少し笑った。
***
「どうしたアイリス?」
修にそう尋ねられ、アイリスは首を振ると、真剣な顔をした。
「オサ、私は厳しいですよ。それでも鍛えて欲しいですか?」
「もちろん、そのつもりだ」
修もそう真剣に返すと、アイリスは少し迷いながら顔を俯けた。
「私には判断できかねます…父上の教えをそう簡単にマスター出来るとは思えません。途中で傭兵にならずにやめて行った人を何人も見ています」
「アイリス…簡単じゃないのはわかってる。でも俺には必要な事だ。俺はアイリスに守られてるだけじゃ嫌だし、何より生きたい!」
アイリスの肩を掴んでそう言った修は覚悟した目をしていた。
アイリスは目を閉じてジョージの背中を思い出しながら答えた。
「わかりました、最高の傭兵に仕上げて差し上げます」
「えっ…?」
修が固まったのを見てアイリスは無表情のまま首を傾げた。
「どうかなさいました?」
「…いや、その…。」
修は少し悩んでいた。
…まいったな…俺別に傭兵になりたいわけじゃないんだけどな…。でも鍛えてくれって言ったのは俺の方だしな…。
「本当に大丈夫ですか?」
困惑する修にアイリスがそう尋ねると、修は先程泣いたばかりのアイリスをまた刺激するような言動は避けるべきと考え、観念した様にこう言った。
「…ご指導よろしくお願いします」
「わかりました、任せて下さい!」
アイリスが張り切った様子でそう言うと、修は片手で目を覆い、深いため息をついた。
***
丁度夏休みに入った事もあって、ボディーガードのついでに修の強化訓練を始めた。
「アイリス…こんな所に住んでたのか!?」
「はい、ここが私と父上のアジトです。任務に必要な物は全て揃っています」
港の廃工場にしか見えない外観からは想像もつかない地下施設に、修は圧倒された。
下手をしたら修の家より大きいかもしれない。
そんなアジトで、修は綺麗に壁に収納された銃を手に取ると、射撃場になっているすぐ隣の場所まで歩き構えた。
「まずは射撃訓練だろ?」
そうやって構える姿をアイリスはなぜか、あの日見た父の背中に重ねた。
「…アイリス、違うなれ違うって言ってくれよ、手が痺れる」
そう言う情けない姿を見てアイリスは我にかえると、修から銃を没収し言った。
「勝手に触られては困りますよ。まずは基礎体力をつける事、銃はその後です」
「えー!」
…気のせいでしょうか?
修が口を尖らせながら残念そうに座り込む姿を見ながら、アイリスは先程父に背中を重ねた事をズバッと切り捨て、修と訓練を始めた。
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