番外編 魔城の一番長い休日~その3
「ふごぉ……」
「ま、待ってって言ってるだろ……もうちょいで、こう……」
そわそわして焦っているトロりんを尻目に、腰をバキバキ鳴らしながらようやく快復してきた俺は、改めて、現れた『イケメンギガース』の風貌を確かめた。
―—どう見ても、俺の感覚で言わせてもらえば、なんかこう、全体的に中央が陥没している――ジャイアンから顔面にパンチを喰らった落ち武者みたいだ、と言って伝わるかしら。
大体のトロールは頭髪が無い。しかしあのギガースは中途半端に伸びた白髪がばらばらと後ろ側に延びており、およそ人間の美的感覚で言えば『無惨な有様』だ。
でもあれは一応、”ロン毛”に相当するらしい。
名前がないと困るな。『ギガ一郎』と呼ぶことにしておく。
歩み寄ってきたギガ一郎の姿に気付いたトロ美ちゃんはぱっと立ち上がり、嬉しそうに駆け寄ると、ギガ一郎の逞しい胸に飛び込んだ。
ギガ一郎はつるつるのトロ美ちゃんの頭をやさしく撫で返す。
トロ美ちゃんは(たぶん)うっとりした
―—ああもうアレはさ。あの感じはさ、取られそうって次元じゃなくない?
「……駄目だトロりん。俺には無理だよ。ていうかあれはもう……完全に手遅れじゃないかな……」
「ふごぉ……」
あからさまに項垂れたトロりんの横顔を見て、俺は他人ごとながら、ちょっと胸が苦しくなった。幼馴染の可愛い女の子だなんてファンタジーは想像もつかないけど、もし本当にそんなもんが居て、ぽっと出の他の男と目の前でイチャつかれたら相当に凹むよね。うん……。
「まあ……ドンマイ」
大いに落胆し、その場にへたりこんだトロりんの背中を叩いてやった。
軽く叩いても気付かれないだろうし、割と全力で、べちんべちんと。
『あれ』を覆す逆転の一手なんてあるのかなぁ……。
――――――――――――――――――
ともかく、俺はトロールというか巨人族の文化や恋愛模様について、トロりんから根掘り葉掘り聞くことにした。何かヒントになる話があるかもしれない。
「えっ、トロールって普通、棍棒とか身体のデカさで求愛するじゃないの?」
「ふんがー!」
「えっ違うの!?」
ごめん俺の偏見だった。
幾つかのゲームや漫画を読んできた程度の知識でどうにかできる話じゃないね。
「ヨトゥン……? 何それ」
「ふごご、ふご」
「へえ、混沌の神格から生まれた霜の巨人……なるほど」
一口に巨人と言っても色んな種族が居る。そのどれもが概ね、創世記に存在した原初の巨人……神さまから産まれた者らしい。でもなんやかんやで禁忌を侵して神からの寵愛を剥奪され、呪われた一族が世界各地に散った末、数千年を掛けてそれぞれの文化を造り上げ……その末裔が今の巨人族なのだそうだ。
面白いけど、今、役に立つ知識じゃないんだよねソレ。
要するに巨人族の間でも文化にかなりの差異があるってことでしょ?
一つ判ったのは、ギガ一郎の顔が盛大に凹んでるのは、人間の軍隊と戦った時に大砲の直撃を顔面で受け止めたから、らしい。すごい。その戦傷は巨人族にとっての誉れであるという。
彼等にとっては、戦闘での負傷で顔が傷だらけになればなるほど『美しい』のだ。
「決闘を挑んで打ち負かせばOK、みたいな風習は無いの?」
「ふご……」
トロりんが更に意気消沈する。一応、それに類した儀式はあるようだ。
ただ、トロりんは……まあトロールにしてはだいぶ大人しい気質なことはこれまでの付き合いで充分すぎる程判っているし、そして何よりも(この場で様々な巨人族と彼を見比べて初めて分かったことだけど)トロりんは巨人族の間ではかなり小さい方だった。なんだかんだ言って身体の大きさはそのまま立場に比例する、という点はイメージ通り。
巨人コミュニティでは蔑まれがちだったトロりんを、名誉ある近衛兵に抜擢した魔王さまは、まさかこの辺の事情を知っておいでだったのだろうか。
「……純粋な力、正攻法じゃ無理だよな……」
俺は、ぽつりと呟いた。
魔王イアレウスに倣って、俺もちょっとした策を弄してみようかと、ふと思った。
俺に利用できるのは、魔城楽団の楽団長、という立場くらいのものである。
「こういうのはどうかな。俺が彼女を魔城楽団へスカウトする。そしたらあのギガース野郎と引き離せるし、トロりんは彼女と一緒に過ごせる時間が増える。一石二鳥だ。その後はトロりん自身で頑張ってもらう」
「ふご……!!」
顔を上げたトロりんの顔がぱぁっと明るくなった。
巨人の誉れとやらはどうした。正直断られると思った。
いや確かに言ってみたけどさあ。それって……それって良いの? ホントに?
なんかズルいっていうか、悪だくみというか。悪役がやることじゃね?
ああでもここは魔城か。悪の総本山だ。悪の中の悪が跋扈する悪の中枢で言うこっちゃないのか? 駄目だよくもうわかんね。
そもそもなんでキューピッドじみた真似を俺がしなくちゃならないのか。どうしてこうなった、とはまさにこのことだ。
「ふご! ふごご!」
様々な思考がぐるぐるしていると、トロりんが慌てたように俺を叩こうと――ええいだからそれはよせって!―—何だよ!
見ると、石席に仲睦まじく座って何やら話をしていたギガ一郎とトロ美ちゃんが立ち上がり、その場を離れようとしている。会話の内容は聴こえない。まあ聞こえたところで判る気もしない。
ともかく、あの二人はこれからデートだか何だかにしゃれ込むつもりなのだろう。
このだだっぴろい魔城で見失うと後で探すのは難しい。
そもそもこうやって付き合えるのも今日だけだ。
こう見えても基本的に俺はけっこう忙しいんだぞ。
忘れてないよね? 曲作んないと死ぬっつわれてんの!
「ああもう判った! 行く。行くよ。行けば良いんだろ!」
しかし、トロりんの無邪気な張り手を、これ以上食らいたくもない。
俺は思考を諦めて、状況に観念して、必死に身振り手振りするトロりんに追い立てられるようにして。
トロ美ちゃんを楽団へ強引に勧誘するという戦いに赴くのだった。
ホント、なんで、こんなことを、しなくちゃならないんだ……。
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