番外編 魔城の一番長い休日~その2

 俺とトロりんは連れ立って、魔城の下層部、巨人たちの居住区へと下っていく。


 近付くにつれ、ある地点から一気に、様々なものがデカくなった。数倍の規模になった階段を下るにも四、五歩が必要で、一段降りるにも一苦労―—。


 遠近感が狂うどころじゃない。もう歩いているだけでくらくらしてくる。


 だが、モンスターたちが普段はどんな場所で暮らしているのか、どんな暮らしぶりなのかを知るいい機会でもある。異世界転移のあと、常に作曲のことで頭が一杯だったので気に掛ける暇もなかったし、まあ、この際だからとことん付き合ってやろうと思ったワケですよ。うん。


 魔城ではこうやって各区域ごとにコロニーが形成されている。基本的には単一種族で群れ集まっているようだが、中には複数の異種族がまとまって生活している区域もあるようだ。その結びつきは思想だったり、友情だったり――稀にではあるが、時には恋愛だったりもするらしい。


 魔王さまは基本的に魔城内部の政治や行政にはノータッチらしく、そういった諸般の雑事はモンスターたちの自主性、自治に任せている(と言えば聞こえはいいが、ぶっちゃけ丸投げである)ようだ。まあ、あの魔王さま興味無さそうだもんな……。


 立場としては天皇に近いのかもしれない。この例えはまずいだろうか。でも知らない。ここは異世界だからな!!


 そうこうしている内に巨大な石廊を抜け、魔城の裏手に広がる広大な砦部分へ出た。普通逆だよな。魔王の天守がド正面から直通で、一般(?)兵が守るのが奥の方って……まあいいや。


 どんよりと良い感じに曇った空の下、歪な塔や石作りの小屋の間を抜けていく。


 この辺りは魔城の出現よりも後の時代に、モンスターたちの自力によって拡張された区画であるようだ。あちこちで巨人たちが黒くてごつごつした石を運び、ところどころで石切りを行っている様子が見られる。


 基本的にトロールを始めとした巨人族はこうやって、魔城の増築に必要な石材の調達や加工を主な仕事としているのだと、この時始めて知った。


 魔王イアレウスの出現以降、各地から魔城へ集まってきたモンスターたちの衣食住は、こうやってそれぞれの種族が特性を生かして担っているという訳だ。


 いやあ、勉強になるなぁ。社会見学の気分である。作曲という使命さえなければその辺の社会生活を延々と追いたかったかもしれない。


――――――――――――――――――


 やがて、数えきれないほどの巨人族が行き交う、通り……?に着いた。

 左右にでっかい小屋や塔が立ち並ぶ、細い(と言ってもクッソでかい)道である。


 中にはウソみたいに大きい木机に座り、これまた死ぬ程でかい角のコップで、たぶん酒を煽っている巨人もいる。なんかこう……居酒屋? なのだろう。つまりこの辺りは彼等にとっての繁華街的な何かなのだ。

 

 駅裏の飲み屋街がこんな雰囲気だったと思う。違うのは何もかもがビッグサイズであることと、その全てが木や石が出来ていて……ちょっぴりの人骨で飾られていること。まあそこはね。やっぱりモンスターだしね。


「ふごご」

 トロりんが唐突に立ち止まった。

 先程トロりんと出会った場所のような、公園の様な広場の入口だ。

 どうやら『彼女』はここに居るらしい。


 公園には大小様々、色とりどりの巨人が居る……子供で良いんだよね?あのちっこいのは。大抵の動物の子供は可愛いもんだけど、まあその、どの子も、ええと、素晴らしく個性的な……ぶちゃいくだな! やっぱあの上を向いた豚鼻の絵づらが酷い。ナチュラルに鼻フックしてるみたいだ。『目が大きいと可愛い』の代わりに『鼻の穴が大きいと可愛い』という概念があるのか。


「で、どれ……いや誰? トロりんがお熱の幼馴染ってのは」

「ふごっ……!」

「どれどれ……」

 トロりんがでっかい顔をでっかい片手で隠し、真っ赤になりながらもう片方のでっかい手で指差した先を見る。


 トロりんと同じく薄緑色の肌のトロールが、平たい石の塊に座っていた。

 

「あの……こ? うん……? まあ? 美人……? だね?」

 いかん、全部に疑問符がついてしまった。


 お名前は?

「ふごご、うごっご、ごっごふご」

 うん判らん。トロちゃんでいいよね。


 見た目は……正直ようわからん。上半身に薄いぼろ布を纏っている以外は他の巨人たちと大差ないように見える。あとちょっと座り姿が内股なくらい? そして――


「―—確かに胸はだいぶ膨らんでいるか……?」

 いや発達した胸筋か?


 凝視してもっと観察しようとすると。

 ――ばしん!!

「ふごぉっ!!」

「いってぇ!!」

 

 更に真っ赤になったトロりんに背中をはたかれ、俺は膝から石床に崩れ落ちた。

 え、何!? どういう感情なのそれ!


「あの娘をそういう目で見るな? あくまでも純愛であって邪な見方をしている訳じゃない……!?」


 照れ隠しか! 童貞かお前。


「おおおお……そ、それは悪かったけど、そういう……そういうのはさ、よしてくれよ……」

 何となく覚えのある、背中にもらった衝撃に呻きながら、涙目で立ち上がる。

 そういや初日、召喚されて早々、こいつに背中から地面に放り落とされたのを思い出した。悪気はないのは判ってる。判っているけど。だけどさあ……。


「ふご! ふごご!」

「え、何。今度はどうした」

 腰がやべえ。

 なんとか堪えつつ、ちかちかする視界でまた、トロりんのぶっとい指が差す光景を見る。

 

 例の『彼女』に、トロりんよりも一回り大きなギガースが近付いてきた。

 精悍で逞しい体つき、青白い肌の……多分青年だ。見た目が青いから言ってるんじゃないぞ。


「あいつが、例のイケメンの恋敵……?」


 ちょっと待って、言いたいことが幾つもある。

 色々とちゃんと確認したいのは山々だけど。

 でも今はダメだ。こ、腰が、腰が……腰が痛くて。

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