番外編 魔城の一番長い休日~その4

「やあどうも。あー……、一応自己紹介をしておく。俺は荒上原詫歌志たかし。この間新設された魔王イアレウスさま直属の近衛音楽隊、魔城楽団の楽団長……だ」


 仲むつまじく腕を絡ませ合って歩いていくギガ一郎とトロ美ちゃんの前に(かなり全力で駆けこんで)飛び出した俺は、彼等というよりもむしろ、周囲で俺を物珍し気に見つめている巨人たちに聞こえるように、声を張り上げた。


 ギガ一郎もトロ美ちゃんも、そして周囲の巨人たちも皆、不思議そうに俺を見つめている。本来なら敵(ともすれば食糧)である普通の人間が突然、巨人の集落のド真ん中に舞い込んで来た訳だ。背後で聞こえた粘着質なずるり、という音はきっと、誰かの舌なめずりの音に違いない。


 魔王さまの名をことさらに強調し、一応の威厳を示して身の安全を確保した俺は、きょとんとしているトロ美ちゃんを見上げてみる。


「ええと、楽団の話は聞いてるかな。実は……その……大太鼓の担当を探してる。担当のモンスターは居るには居るんだけど、彼じゃちょっと力不足で、大きい音を出せないから……うん。技術はあるんだけどね。なので彼には別のパーカッションを担当してもらって、それで君に太鼓を演ってほしいんだけど」


 人間っていうのはどうしてこう、嘘をつこうとするとやたらと詳細なディティールに固執してしまうのでしょうか。

 

「ふごっ?」

 一息に言い切った俺を見降ろして、小首を傾げるトロ美ちゃん。それは可愛い仕草なのかもしれないが、その拍子に揺れたイヤリングが人の頭蓋骨だという事は見なかったことにする。


「ふごご……」

「確かに魔城楽団は忙しいよ。一日の大半は演奏の練習に費やさないといけない」

「ふごふごっ」

「え? ああ、うん。”付き合い始めのカレシと過ごす時間を大切にしたい”か。うん……」そらそうだ。

「ふごお☆」


 俺は、石柱の影に隠れてこっちを見つめてハラハラしている様子のトロりんを振り返った。いや隠れられてない。半分くらい丸見えだ。


 俺は苦痛に顔をしかめるようにして、改めてトロ美ちゃんへ向き直り。


「でも、これは魔王さまの命なんだ。楽団に君を加入させよという……」

 と、言いかけて口を噤んだ。流石にそこまでの嘘はつけなかった。


 それは罪悪感からではなく、魂に刻まれた契約がそうさせていた。ごめん急に変なこと言い出したけどだいたい意味判るよね? なんだかんだで魔法で結ばれた主従関係(雇用契約)には逆らえないのだ。


「いや……なんでもない。急にすまなかった。用件はそれだけ。その……デート、楽しんで来て」

『ブゴゴッ』


 諦めて首を振った俺に応えたのは、ギガースのギガ一郎の方だった。

 数倍も小さい俺に対して、胸に手を当てて丁寧に一礼し、トロ美ちゃんにはその陥没した顔で(たぶん)微笑みかける。


 トロ美ちゃんは(たぶん)うっとりと微笑み返して、ギガ一郎の逞しい腕をぎゅっと抱き締める。


 俺は、幸せそうに連れ立って歩き去っていく二人の後ろ姿を見送った。


 なんだよ。礼儀正しい良いヤツじゃん。

 やはり、ことモンスターに関しては第一印象で決めつけちゃ駄目だな、と強く反省して、そして。


 ――トロりん。見ただろ? こりゃダメだ。勝ち目なんてねえ。


 もう一度振り返ってみると、トロりんは柱の影で崩れ落ちて、肩を落としていた。


 ごめんね。あっさり失敗したね。



―――――――――――――――――――――



「……やっぱり、こういうのは自分できちんと言うべきだよ。それでダメだったらダメで良い。成長するって、結局そういうことだろ? モンスターでも」


 その場から逃げ出すように広場を去ったトロりんが、がくりと項垂れてとぼとぼ上階の階段を昇っていく。


 慰めながら追いかけていく俺の方は訳知り顔で語り続けているが、息は切れ切れだ。巨人サイズの階段は昇るの辛いのなんのって。


「それに、お前には俺たちっていう仲間がいるじゃないか。使命だってある。魔王さまに最高の一曲を捧げるっていう……な? そのことを考えようじゃないか」


「……」

 何とか言えよ!


 でもまあ、例えどんな立場でも、恋はしたくなってしまうよな。

 それは判るよ。わかる。


 失恋に打ちひしがれて当てもなく彷徨い歩くトロールの青年の、寂しい背中。

 延々と後ろから、どうにかして慰めようとする俺。

 よく考えてみると奇妙この上ない状況。

 だけど、今日のところは付き合ってやろうじゃないか。


 そうして暫く歩いていると、魔城の棟同士を結ぶ渡り廊下の入口に辿り着いた。


 薄暗い魔城内部とは違い、壁面の代わりに幾つもの石柱が並び立つ空中回廊。切り立つ岩山が地平まで続き、渦巻く雷雲に覆われた邪悪な光景を一望できる魔城随一のビューポイントである。最っ高に壮大で、目に悪い絶景だ。失恋を癒すに相応しいかどうかは別として。


 それはまるでトロりんの心模様を表しているようである。一つの恋の終わりは、大袈裟に言えば世界の崩壊、終末―—。でも、そうやってフラれたりフラれたりなんてことをしながらも世界はおかまいなしに、やっぱり続いていく。


 俺も人(?)のことを言えるほど経験豊富じゃないけどね。いや一時期はそれなりにモテた時期はあったよ? 小学生の時とか。でもほら、良い仲になってもさ、俺には詫久斗っていう完全に上位互換の弟がいるわけ。比べられるんだよいっつもいっつも。弟の方が男として何もかも上だって気付かれると、その後は――ごめん愚痴っぽくなった。


 まあ、なんだかんだで、これも経験だよ。

 この機会に精神的に一皮むけてタフになってくれれば、楽団の一員として頼もしいヤツになってくれるんじゃないかな……。


 ―—なんてことを思っていると。



 ―—ぱたぱたぱたっ。


 軽やかな羽ばたきの音がして。薄青色の羽毛に覆われた小柄なハルペイアが、唐突に現れた。


「あれっ。トロりん……とタカシ? どうしてこんな所に居るの?」


 ハル子だ。

「なーに? ふたりして、まるで世界が終わったみたいな顔して!」


 どうやらこの辺はハルペイアを始めとした飛翔系モンスターの居住フロアだったらしい。壁がないのは空に面していた方が都合が良いからだろう。


「ふごご……」

 朗らかにぱたぱた浮かびながら、屈託のない笑顔も浮かべるハル子へ、トロりんが唸る。……お前、今まで俺を無視してたよね!?


 まあハル子は良い子だもの。そら俺よりも話しやすかろうて。


「ふんふん」

 かくがくしかじか。

 

 そんなこんなで先程の件の一部始終を聞いたハル子が、ふんすと鼻息を鳴らした。


「なあんだ。それなら私たちに任せてっ」

「ふごっ」

「はい?」


 いやいや待って。この件はさ、良い感じに終わる流れだったんだよ!俺の脳内では良い感じのしみじみとした曲が流れて……世界を見渡せるロケーションで、儚くも美しい青春の一頁の終わりを語って幕引き、みたいな!


 いやそれは良いとしても、今、私『たち』って言った?

 それって、つまり……。


「楽団の皆も呼んでくるね! 皆で考えればきっといいアイディアが浮かぶよっ」


 ノープランだこいつ!!


 俺の貴重な休日は、まだまだ終わりそうもない。

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