第28話 果たせなかったローエングリン

 最後の相手はやはり人間、というのもお約束ではある。


 数千を超える軍隊が迫りつつある魔城は、これまでにない程の緊張感に包まれていた。


 伝達竜の消息が不明になり、アーベンクルト反乱同盟軍の到達時間が予測が出来ないまま、直ちに魔城は防衛態勢を敷く。戦う能力を持たないモンスターたちが、防壁によって隔離される避難区域へ続々と逃げ込んでいく狭間を、俺は駆けていた。


 いつもの控室に飛び込むと、そこで待っていた楽団の人数はいつもの半数以下。なんだよ。最高の晴れ舞台だぞ。この戦いに勝てば魔王を阻む者は誰も居なくなって、そしてモンスターたちが自由に暮らせる世界が来るんだろ? その戦いを飾る最高の演奏を、世界に知らしめる時が来たんじゃないか。


 しかし、楽団の面々は笑って首を振り、楽器を片付け始めていた。



 トランペットを丁寧にケースに収めたヴァンドラが呆れる。

「馬鹿じゃねーの? この音楽脳。数千もの相手がオレたちを殺す気満々でやって来るっていうのに」


「私たちは楽団である前に魔王さまの親衛隊なの。だから魔王さまをお守りするために一番有効な方法を選ばなきゃ」

 フルートを名残惜しそうにしながら眺めていたハル子も、やがてそれを布袋にしまいこんだ。


「キキキ! 相手の数が多すぎる!」「ケケケ! 魔王さまの元に辿り着く前に、一匹でも数を減らすのが仕事!」

 ゴブ太とゴブ郎もコントラバスを一緒にケースに押し込んでいた。


「がうがうっ!」

 マーティが飛びついてきた。またか! それ苦しいから。俺じゃ振り解けない。助けてトロりん。助けて皆。


 しかし、皆はそれを見て見ぬフリをしていた。巨大なマンティコアは俺を待機室から連れ出そうとしている。


「……!!」判った。こいつ、俺を避難区域にぶち込むつもりだ。

「――何考えてんだお前等!! 俺が居なくちゃ何もできない癖にッ!!」


 羽交い絞めにされながら、思わず叫ぶ。


「逆だろ。俺たちが居なきゃ何もできないのは楽団長殿の方だろ?」

 ヴァンドラが鼻で笑った。


「それに、直接戦う能力もありませんでしょう? 演奏の魔法の力は、新月の呪いと共に消え失せてしまったのではなくて?」

 ラミ江さん、それは言わないで。


「だいじょーぶ。さくさくって片付けてくるから。またあとでねっ」

 

 必死の反抗虚しく、あっさりとマーティに連れ出されていく俺に、ハル子がいつもの愛嬌のある笑顔で、ぱたぱたと羽根を振ってみせた。



 そして俺は、非戦闘モンスターたちが身を寄せ合って震えている、隔離区域の中に放り込まれ。その拍子に外れた眼鏡を探して掛け直した時には、既にマーティはたてがみを震わせて獰猛に走り去っていた。


 ドアや窓が次々に閉鎖され、壁、床、天井が物理的に組み変えられ。

 防衛機構が発動した魔城は、いわゆるラストダンジョンに姿を変える。


「畜生、バカ野郎。ふざけんな。何でだ。話が急すぎんだろ……!」


 俺は閉じた壁に何度も拳を打ち付けて、項垂れるしかなかった。



 そんな俺の後ろ姿を見つめていた三匹の子ミノタウロスが、母ミノタウロスに連れられて、更に奥のシェルター内へと姿を消して行った。



――――――――――――――



 ――反乱者どもが召喚した雷龍が、天空から幾つもの雷を落とし、そしてその巨体を以て余の城に突っ込んできた。

 

 異界の雷龍、エクリヴーズ。何処でその名を聞いたかは思い出せぬが、なかなかに強力である。魔城の周辺の砦を悉く破り、陣を張っていた防衛線をこれほどに素早く突破せしめるとは、余の軍勢に欲しい位だ。


 だが、魔城を崩すほどの強大な力ゆえに、その存在を支える魔力も桁が一つ違う。人間どもが作った仮初の魔法陣は、対象を一時的に現世へ留められる程度のもの。


 魔城の防壁を破った時点で維持に必要な魔力は潰え、雷龍は元の世界へと還っていったようだ。


 しかしそれすらも人間どもの画策のうち。魔城に突入する機会さえ作れればよい。


 その姿はまさに蟻の群れである。余と、余の配下を抹殺せんとする人間どもの軍勢は魔城に群がり、防壁が破れた城内へと雪崩れ込んできた。


 ふふ……弟よ、これがお前の愛した人間の正体であり、そして――


――――――――――――


「だあぁあぁぁうぉあああ!!」


 俺はまた、防壁を殴りつける。この際魔王はどうでもいい。強いもん。放っておいても多分勝つだろう。しかし楽団の皆は違う。モンスターの癖にお人好しで、何処か間が抜けていて、可愛かったり怖かったりアホだったりキザだったり生意気だったり。


 そんな連中がまともに戦えるとは思えなかったし、戦わせる魔王も魔王……いや、魔王さまは最初から部下達に戦わせるつもりは無かったんだろう。でもモンスター達は魔王の為に仕事をしたかった。だから楽団という形で貢献させようと……うん、この辺は多分違うと思う。そんなややこしい話ではない。運命の魔法陣がいい具合に調整してくれたんだ。たぶん。


 とてつもない轟音がして、どこか遠くから鬨の声が響いてきた。何かクソでかいものが魔城に突っ込んで、『敵』が突入してくるような音だった。


 複雑に守られた要塞を、外から何かとんでもないものをぶつけて崩す……浅間山荘じゃないんだから。やってる事は一緒だぞ。


 今の俺が出ていったとしても何も変わりはしない。変えられる力はない。でも。


「くそがっ……!」

 顔を上げた俺は無意識に指揮者棒タクトを抜き放って、壁に向かって振り抜く。演奏がなければ意味がないと判っていても、やらずは居られなかった。


 すると。


 ビキッ。


 強固な防壁に一筋のヒビが入ったかと思うと、それが一気に広がって。

 壁は呆気なく、ガラガラと崩れ去った。


「あれ……?」まさかここに来てまた覚醒しちゃう?


 違った。恐らくは爆薬か何かを仕掛けて壁を崩したのであろう、武装した人間の兵士たちが崩れた壁を乗り超えて、呆気に取られていた俺の目の前に姿を現した。


「……人!? 何故こんな所に……」

「……囚われの身だったのかも知れない。青年。もう大丈夫だ。我々はアーベンクルト反乱同盟の兵。君達を助けに来た」


「……いや、俺は違う」

 首を振って、後退りをする。


「落ち着いてくれ。ここに大量のモンスターが隠れているのは知っている。我々はその駆逐を任された部隊。肝心の魔王は今、勇者さまが追い詰めているところだ」


 待ってくれ。違う、違うんだ。やめろ……—―


「――やめろ! ここに居るのは戦う力を持たないモンスター達……彼らの家族なんだ。子供だって居る!」


 声を荒げる俺を無視して奥へ進もうとする兵士たちの何人かが、振り返った。その全員が、剣や槍、大槌などを手にしていた。


 最初に俺に声をかけた若い兵士が、宥めようと優しく言う。

「それも判っているさ。しかし一匹でも残せば、またやがて人間に仇成す魔物へと成長するかもしれない。それを断ち切り、防がねば――」


「んなことを続けてるからいつまでも戦争に明け暮れる羽目になるんだろうがッ!!」


 全力で叫んだ俺を、別の兵士が背後から取り押さえた。


「妙だぜ隊長。どうも変だこいつ。ただの人間じゃねえ」


「錯乱の魔法を掛けられているのかもな。だがどう見ても戦う力を持たない凡庸な男。武器も持っていないし妙な動きをしても問題はなさそうだが、あまりに暴れるようなら、斬り捨てろ」

「了解。大人しくしとけ」


 またもや羽交い絞めにされた俺の目の前で、十数人の兵士たちが、奥へ進んでいく。


 俺は暴れた。頼む。それだけはよせ。それは最悪だ。やめて。神様。お願いです。


 尚も足掻く俺は、後頭部を剣の柄で打たれ、倒れる。


 耳鳴りがして良かったのかもしれない。

 シェルターの奥から聞こえてきたはずの、悲鳴を聴かずに済んだから。

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