第27話 破滅へのオーヴァチュア

『タカシ。やはり私の思考シミュレートではあなたの行動原理を理解できません。何故元の世界への帰還を拒んだのでしょう』


「言わせないでくれよ。みじめな気分になるから」


 もうすっかり慣れた趣味の悪い自室で、次の曲案を練っていた俺に、魔導人工知能『エリー』が不意に語り掛けてきた。これで何回目だ。作曲に集中したいんだ俺は。


『……あなたは無理をしているように見えます。私はあなたが心配なのです。それだけではなく……あなたに帰ってほしくない。この思考……いえ、感情は何でしょう?理解できません。おしえて。タカシ……』


 えええ、きみも……?なんか急激にモテるようになったのは気のせいじゃなかったらしい。何これ。一山超えて第二部に突入、異種族ハーレム的な展開にでもなるって話なの?



 呆れと、少しの期待感。そしてハル子へのちょっとした罪悪感。

 

 しかし、そんなごちゃごちゃした心配は、程なく無意味になった。



 


 模造天使タクト戦以降、客さんの襲撃はぱったりと止んでいた。


 なのでここ最近の楽団は、ただ純粋に演奏を楽しみ、そして魔城に暮らす様々なモンスター達を楽しませるための演奏会を行ったりもしていた。


 今日は家族を持つモンスター、とりわけまだ幼いモンスターの子供たちに向けて、コミカルな曲を披露している。その中には、三頭の子ミノタウロスも居た。


 アーベンクルトの残存戦力が一斉蜂起したとの報が入ったのは、その最中だった。



 二百の国々の首府や正規兵力は、全て魔王配下の八将軍が率いる方面師団によって抑えられているが、その影ではレジスタンスたちが徐々に勢力を拡大し、国や人種を超えた反乱同盟を打ち立て、そして今日、反撃の狼煙を上げたのである。


 反乱同盟はまず、散開していた八将軍の軍勢を各個撃破、次々と合流。更にアーベンクルト西方の平原に集結した彼等を迎え撃つべく、展開した魔王軍の正規主力部隊との会戦であっさりと勝利したのち、魔城に向けて進軍してきていた。


 

 ……おかしいだろ。じゃあ今まではなんだったんだ?直接会ったことも見たこともない八将軍の軍勢とやらは、話を聞いている限りではすんごい強いって話だったはずでしょう。



 俺にはさっぱりだが、聡明な魔王さまはその全てをすぐに理解したようだ。


 魔城親衛隊の高官クラスのモンスターが集まる軍事会議にしれっと混じり、その話を聞く。ガチの武闘派モンスターの中で俺は浮いているだとかはもう関係ない。一応俺だって魔城楽団長っていうそれなりに偉い立場なんだし。


「散発的に刺客を送り込み続けていたのは、余や八将軍の目を欺く為の謀略。あえて名のある者ばかりをそそのかし、英雄譚のなぞりごとを装い……回りくどいが、確かに効果はあったな。よもや余をはかりごとたばかるとは。……人間どもめ、侮り過ぎたわ」


 と言いつつ、それだけの為に主力になりうる戦力を真正面から囮にして切り捨てていくという手段をとった人間たちの所業を、魔王さまはにやにやと笑っていた。



「余を討ちにやって来た者たちはそれを知るまい。弟もだ。そうなる様に仕組んだ者が居る。恐らくはアーベンクルトの第五王女であろう。容赦なく勇者を使い捨てにするとは、余好みの女よ」


 嬉しそうにくつくつと笑う魔王さまの話は続く。


 八将軍の軍はまだしも、魔王直属の正規軍を容易く打ち破られるのは流石の魔王も予想はしていなかったらしい。それを可能にしたのは人間側の切り札。

 アーベンクルトの方でも、異世界から人間たちを救う力を持つものを召喚していたのだ。


 え、でも?それには運命の魔法陣の力が必要なんじゃ?

 その疑問はさておき、アーベンクルトがこの世界に呼んだ者とは一体何者か。


 それは、ドラゴンだ。文字通り異次元の強さを持つ、ほぼ怪獣みたいな連中。しかも複数らしい。


 その暴れっぷりは凄まじく、万を数える魔王正規軍はあっと言う間に捻り潰され、踏み潰され、火炎に焼かれ、瞬く間に全滅したという。



「あの小娘……やってくれたな」

 魔王さまがまたも笑いながら、歯噛みする。


「人間どもが時間を稼いでいたのは、きゃつらも独自の運命の魔法陣を創り上げるためでもあったのだろう。そしてリシャオルテは余の次元転移術の秘術を盗み、アーベンクルトにもたらした……というところであろうな」


 あー、リシャが言ってた王国に伝えたいことってそれかあ……。

 

「くく……随分と大人しく余に抱かれていると思ったら、そんな企みを秘めていたのか。女とは恐ろしいものよ」


 なんかすごい事言いました今?まあ、魔王なんだからそんな事もするでしょう。


 いや……そうじゃなくて。あれ?てことは?リシャを解放した俺、もしかしてやっちゃいました?大ポカを。取り返しのつかないことを。


 気付けば、周りのガチ幹部モンスターたちが凄い目付きで俺を睨んでいた。


「魔王さま。こやつは裏切り者……いいや、そんなに賢くは見えないが、とにかく魔王さまを窮地に追い込んだ!処罰をせねば、部下たちの士気に影響を及ぼしますぞ!」


 はい。そうかもしれません。ええと、参謀を務めていらっしゃるデーモンさんですかね。凄く悪魔っぽくて見るからに頭が良さそうな……初めまして。そしてごめんなさい。



 今にも俺をくびりそうな参謀デーモンに迫られ、その怒気と恐怖、そして何よりも後悔に身を竦ませていると、どうでもいいという風に首を振った魔王さまの言葉が、それを救ってくれた。


「よい。どちらにせよ人間どもはいずれ運命の魔法陣を創造し、異世界からの使者を呼び寄せていただろう。それが少し早まっただけだ。そして、やがて訪れるはずだった、全てを賭した総力戦がな」

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