第24話 回り廻るロンド
「兄上……何故だ。何故、そこまでして変わることを恐れる? 俺を見ろ。俺は生まれ変われた。兄上だって生まれ変われるはず」
「グ……グルル……余ハ恐レヌ、逃ゲヌ。余ハ余、余ハ唯一。何者モ要ラヌ。全テ、何モ」
既に獣ですらない何かになりつつあるイアレウスを憐れむ様な目で見つめる弟さん。……どうしよ。名前知らないまんまだった。
今更お名前をお尋ねするのも気が引けるというかそんな状況じゃない。弟に似てるんだしタクトって呼んでおけばいいか。
「兄上はいつもそうだった。己の意思が世界の全て。俺の言葉など何も認めてはくれない。その成れの果てがその姿……あの夜、俺が言った通りになってしまった。神々の軍勢を二人で全滅させた、硝煙と血煙が舞う、原初の巨人の骸の神殿で――」
変わり果てた兄の姿に目を伏せたタクトが昔話を始めてしまった。またか……。
感傷の所為なのか真面目な性格だからなのか、描写が回りくどくて細かい。折角盛り上がったとこにまた会話イベントを挟むとテンポ悪くなるじゃん! 覚醒した俺の決め台詞から戦闘に雪崩れ込んで、一気に決着まで持っていくのが一番盛り上がるのに……でもその戦いの話、ちょっと興味があります。
――兄貴はいつもそうだ! いつも自分のことばかりで俺の言う事を……。
「……え?」
タクトの声にディレイがかかった様に、弟の声が重なった。
そして次第に、タクトの言葉は、侘玖斗の言葉そのものになっていった。
――自分の才能に勝手に限界を作るなよ。誰も自分のことを完全に判るやつなんていない。誰かを通して、初めて自分の個性は表れるんだ。それは優劣を比べるもんじゃない。弟だからって下に見るな。そして自分一人で勝手に絶望するな。一言言えば良いだけだろ。俺には出来ないかもしれない、だから助けてほしい、って。
「……………」
タクトが兄へ最後の説得をかける姿は、あらゆる意味での弟のようだった。
「――おい……」
「おい! おいコラ楽団長、なにアホ面でぼーっとしてんだ! やべえぞ、あんたがしっかり指揮してくれないとこの結界が閉じちまう! ていうかもう半分消えてる!」
「あ、ああ」
銀髪の吸血鬼が喚き散らす声にはっとした俺は、改めて
指揮を一時的に失った楽団の演奏は止まり、それが維持していた結界はうすぼんやりしていた。楽団の皆は皆、頭上を見上げている。魔王が彼等にとっても邪悪な存在に変わりつつあることを恐れているようだった。
そしてハル子もまた彼等と同じ様に宙を見上げ、何かに縋る様に、俺の楽団長服の胸元をきゅっと握りしめている。
言わば同族殺し、子殺しという悪を果たし、真の闇に堕ちようとしている冥獣イアレウスと、且つて魔の身でありながら愛の奇跡か何かで模擬的な天使へと昇りつめた弟タクト。そしてその戦いに音楽という力で介入しようとする
光? 闇? もうそんなのどうでもいいや。
両方まとめて、俺達のとっておきのBGMを喰らえ!
奇妙な三つ巴と化した戦いが始まった。
俺……いや、俺達の努力や絆や技術、そして何よりも意思を示す、全力のイントロを爆発させる。この何もかもがごっちゃになる異次元そのものの様に、これまでの戦いの全てのフレーズが入り乱れ、お世辞にも綺麗にまとまっているものとは言えなかった。
冥獣イアレウスと模造天使タクトの戦いは、まさに神話の一場面。
あらゆる光の武器を駆使して飛翔する理性の象徴と、雷や炎、嵐、竜巻などの魔法を纏って戦う野生の象徴の衝突。
それらを現わすための言葉は次々と音符や記号に変換されていき、魔法の譜面を歪めて楽団の演奏を阻み。俺はそれを必死に書き換え。皆はそれに応えてくれる。
そこにはもう理屈も理論も技術もへったくれもない。ただ、俺達の戦意を伝えるためだけに全てを打ち鳴らす。そしてまた、邪悪な者と聖なる者の拮抗する戦局は魔法の譜面にも影響し、曲調を次々と変えていく。
それでも俺達は曲を掻き鳴らした。混沌に吞み込まれそうになりながらも、その中に確かに存在する俺達のフレーズを貫き通す。これが俺達の旋律なのだ、と。
荒れ狂う狂気にまみれる世界をつんざく、自由の褒め歌を。
何者にも縛られないための、高らかな断ち歌を。
曲は佳境に入り、まるで楽器たちですらも悲鳴を上げるような高音のフレーズが駆け昇った。そしてそれは俺たちの叫び声でもあった。
負けんなイアレウス! 自分にも天使にも! あんたは皆の魔王さま、だろ!
曲はもう間も無く終わる。しかし実際の戦闘はまだ終わる気配はない。
だけどそんな事は最初から判ってた。
最高潮に達した勢いのまま、開幕のテーマフレーズに繋ぐループを決める。
音楽的にはかなり無理があったと思う。相当な力業で、整合性も足りなかったけど、何十年何百年と続いてきた戦いが、ゲームみたいにたった数分で終わったりはしないよね……。まあ、そもそも戦闘BGMって繰り返し前提だもんね。
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