第22話 掻き鳴らせ、ヴィゴーレ!
「……貴様は人間に
「いいや違う。その絆こそが、真の強さだ」
対峙する魔王と『弟』の口数は少なくなり、そして。
「……言葉はもう不要なり」
「……交わすはただ刃なり」
合言葉の様に呟き合った二人の間に満ちる空気が、まるで恐怖に凍てついたかのように、冷たく、静かになった。
いつだって答えを導き出すのはシンプルな理屈。
強い方が、勝つ。
魔王は例の、歪な五枚羽根を展開し。
弟の背からは輝く光羽根が溢れ出した。
魔王はその眩い光を灯す羽根を、嘲笑った。
「まるで光に惑い、
「……始まる。皆、いくぞ」
静かに呟いた俺は、対峙する魔王と勇者に背を向けて。そして楽団の皆へ向けて、タクトを構えた。今までの戦闘で培ってきた技術や演奏法の全てが試される時が来たのだ。
―――――――――――――――
残念ながら今回はもう、戦闘そのものの描写をお伝えする余裕はない。
譜面の全てに目を通し、魂で感じる旋律とリズムをリアルタイムで書き換え、実行することだけに集中する。今までで最長、最大且つ複雑な魔法の譜面が、楽団を取り囲み、色とりどりの音符や記号が嵐の様に渦巻く、音楽の結界が広がっていた。
長音を重ねていくイントロに、今回はたっぷり時間をかけてある。それだけで一分近く。魔王と勇者がお互いの全てを曝け出し、向かい合い、力が呼応していくさまを表現する。
そして細かいリズム。勇壮で、しかし何処か危うさを秘めた、緊張感を高めていくフレーズパターンだ。合間合間に変拍子のシンバルを撃ち、その戦いの均衡が崩れていく予兆を示していく。
光と闇が交錯し、時には光が、そして時には闇が。お互いに押し返し合い、撃ち合い。互角の戦いを繰り広げている。
と、思った矢先。
背後で途轍もない光が放たれ、俺は胸騒ぎに駆られ。
「……っ!?」
肩越しに振り返った。
魔王の胸を、輝く光の槍が刺し貫いていた。
宙に浮かんでいた魔王の身体がぐらりと揺れ、床へ堕ち。
そして大量の血を吐いた。
「……イアレウスっ……!」
嘘だろ、負けた……?あの魔王が?
俺は無意識の内にタクトを振り、楽団の演奏を止めていた。
曲がフェードアウトし、玉座の間は再び静寂に包まれた。
「く、くく……くくく。やるではないか。アガシムの
血を吐いた魔王さまは苦しんでいたのではなく、笑っていた。なんか凄い設定がある伝説の武器か何かでしょうか、その胸に刺さりっぱなしのやつは。
「俺はもう、魔ではない……がはっ」
相当な必殺技だったらしく、ものすごく消耗している弟さん。魔王よりダメージが酷そうだ。使わない方が良かったんじゃないの?
「くく……ぐッ……ぐふッ……」
あれ、やっぱり効いてた。笑ってたのは誤魔化していただけらしい。
「魔王さま……!」
演奏の手が止まった楽団の者たちは皆、縋るように楽器を握りしめ、また血を吐いた魔王の背姿を見つめている。気付けば俺もタクトを握る手に力が籠もっていた。頑張れイアレウス。お前がナンバーワンだ。
「……兄上、お覚悟を。今日この場で、貴方を運命から解き放つ」
「くくく……認めよう。確かにお前はもう、魔ではない」
剣を向ける弟さん。蹲ったままの魔王はまた、可笑しそうに笑った。
「……だが、その為に忘れてしまったようだな。余の真の姿を」
あ。
「魔であることを忘れた愚か者よ、思い出させてやろう」
「魔を顕現し、魔を全てに与えんが為に産まれ出でた余の全てを!」
そうだよ。そうだ。ラスボスと言えば。
最高の見せ場。華。お約束。
第二形態……!
胸に刺さった光槍を抜いて打ち捨てた魔王イアレウスの身体を、闇が包む。
ごめん、例えがおかしいけど、闇のスパゲッティみたいな感じ。咄嗟にはこの例えしか浮かばなかった。それが絡みついて、膨れ上がって。
膨張していく闇が、獣の様な体躯を形作っていく。
端正な顔立ちだったイアレウスの頭部は、山羊とも狼とも言える、獰猛な獣のものと化していた。牙を剥き出し、ざわざわと揺れる体毛が蠢き。そして五枚の非対称な翼は、鳥、蝙蝠、虫。あらゆる羽根を持つ生物のものへと変貌していく。
邪悪。この言葉でしか言い表せない真の姿に、俺は畏怖も恐怖もなかった。
そうだ、それでこそあんただ。最高に悪いところを見せてくれ。それが、魔王だ。
そして更に。玉座の間の空間自体が歪み、周囲に渦が広がり、様々な岩や建物などが浮かぶ、緑と紫に彩られた不気味な空間が一気に広がった。結界に守られた演奏場は宙に浮かび、その中に漂うものの一つとなる。
お約束は、第二形態だけじゃない。
これは、ラスボスが真の姿を現したついでに展開する
『どこなのか良く判らない、異次元っぽい異空間』だ!!
前後も上下も左右もない空間に放り出された楽団は、それでも再び演奏の構えを取った。
魔王が魔王で在り続ける為の挑戦を
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