終楽章 グランド・フィナーレ

第21話 繰り返されるクリシェ

 決戦の朝が訪れた。

  

 空には雷を伴う暗雲が立ち込めている。


 これ以上ない程の決戦日和をバルコニーから見上げた俺は、うんうんと頷いた。

 魔王のお城はやっぱりこうでなくちゃ。



 スタンバイに入った楽団の皆の顔色はそれぞれだ。

 実際に色が違うという意味ではなく、昨夜遅くにまで及んだ打ち合わせとリハーサルで、皆疲れているとか、緊張度合いがそれぞれだとか。そういう比喩だ。


 その中でもハル子は特に青褪めていた。彼女の羽毛は元々が青みがかった緑なのでこれまた判りにくい。


 魔王が警戒する程の者が相手だからなのか、皆の緊張は、初めて演奏を披露した時並みか、もしかしたらそれ以上かもしれなかった。まあ、あの時よりも技術は格段に向上しているし、あそこまで酷い事にはならないだろう……どんどんぱーぷー。


 その事を引き合いに出して皆をからかうと。


「あれはたまたまですわ! 忘れて頂けますこと!?」怒ったり。

「やめてよっ。あの時はまだ練習不足だったのっ」恥ずかしがったり。

「確かにあれは世紀の大失敗だった。神の野郎でも笑うだろ」笑ったり。


 少しは和ませられたっぽい。



 布陣スタンバイを終え、いつもの様に来客を待つ玉座の間。


 一つ違うのは、エウリュデオンの自爆によりまるまる吹き飛んだ天井は結局そのままで、魔王配下の優秀な左官たちの手によって見事な装飾を施し、そもそも最初からこうでしたけど? みたいな造りに変わっている事だ。雨が降んなきゃいいけど。


「……来たか」

「……お懐かしゅうございます。兄上」


 曇り空を見上げてぼーっとしていた俺は、慌てて来訪者に目を投げた。肝心の相手なのに登場シーンを見逃してしまった。


 魔王は初めての事をした。立ち上がって来客を出迎えていたのだ。

 

 よし、いつものアレだね。『客人』の風体を紹介するお時間――。


「――……えっ!?えええっ!?」

 俺は思わず大声を上げてしまった。


「(しーっ! しーっ!)」

 慌てた楽団の皆が、群れを成して俺を取り抑える。


「もがもがっ、もがーっ!」


 …………弟じゃん! いや弟だけど! 弟は弟でも!



 俺の弟……荒上原 侘玖斗(たくと)じゃねーか!!


 後ろに軽く流した黒髪は紫のメッシュをかけているような色合いで、良い感じにハネている。端正な顔立ちでありながら、しっかりとした男らしさの雰囲気もあり。


 俺には全く似ていない、すらっとした美少年。最近の女子にクリティカルヒットする感じの! いや知らないけどさ。あ、でも耳が尖ってる。やっぱイアレウスに似てる。眼も深緑色だ。別人ぽい。びっくりした。あーびっくりした! 皆が止めてくれなければ、お前も転生してきたのかよっ! って渾身の突っ込みを吼えるところだった……。


 う、苦しい。マーティ。遊んでるんじゃないのよこれ。首、締まってるから。勘違いして飛びついてくるんじゃないって。やめ、ほんとそれ、ヤバい。助けてトロりん。キミしかいない。鼻ほじってんじゃないよ。



 楽しそうだからという理由でじゃれつくマンティコアにのしかかられ、大ピンチに陥っている俺と、それを引き剥がそうとする楽団のわちゃわちゃの一方で、世界の根幹と、この戦いの真理に触れる壮大な会話が交わされていた。


「何者であっても余の野望を挫く事は叶わぬ。邪魔立てするというのであれば容赦はせぬぞ。我が弟よ」

「兄上は間違っている。己の思想と力に酔い、縋っているだけの臆病者だ」

「……なかなか興味深い事を云う。余が臆病だと?」

「運命を覆すことを諦め、逃げた」

「逃げたのは貴様の方だ。下賤な人間に恋慕し、余と共に成せる筈の仕業を棄てた、卑怯者め」

「違う! 俺が見出したのは希望だ。神が神で在り続けたいが為に生み出した、完全なる影である俺達であっても、希望の光を……愛、を見出す事が出来ることの証だ!」


「その言葉、虫唾が走るわ。一時の情欲に身をやつし、堕ちるとは情けない。そんなにあの女の身体は良かったか? お前を斃した暁には、余も味見をせねばな」


 えぐい事言うなあ。その顔はここからじゃ見えないが、多分舌なめずりをしている。やっぱ悪いわ、この魔王。


「……誤魔化すな! 兄上も判っているはず、愛を憎悪し、神を敵視し、そうやって非道を繰り返すことこそが、神に仕組まれた茶番であることをッ!」


「その程度の事を大仰にひけらかすな。とうに知っているわ。全てを知った上で、余は余であることを貫き通す。余は余以外の何者でもない。創造主を超え、余は余である事を証明する。運命の呪縛を解き、本来在るべき世界に在るべき秩序を、余自身の手で打ち立てるのだ」


「…………」

 ここで『弟』が、これまでの相手の中で初めて『楽団おれたち』の方を向いたので、俺はどきっとした。今までの連中は背景である俺達の存在を気にも留めなかったのに。


「……兄上という存在が、彼等モンスターの命を支えていることは俺にも判っている」

「兄上が魔王であることを止めてしまえば、彼等は無に還ってしまう」


 え、そうなの? 俺は楽団の皆を振り返った。

 皆、沈痛な面持ちで二人の会話を聞いていた。


「だから、兄上は魔王であることを……悪を、諦められない。そうなんだろ?」

「…………」


 魔王の背中が一瞬身じろぎ、俺達を振り返ろうとした気がした。


 小難しい話が続いたので俺なりにまとめると、つまり。


 

 魔王さまは魔王さまなりにモンスター達を愛しているのだ。


 

 ……知ってたよ。

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