第18話 ハーモナイズ
もう説明の必要はないだろう。例の感じで、次なる刺客の登場だ。
ただ一つ違うのは、流石に吹き飛んだ天井の修繕は間に合わず、天守の玉座は曇り空に晒されているということだ。雨が降る前にどうにかした方が良い。
今日の相手はひとり。めちゃでかい大剣と、逞しい顎鬚を携えたおじさんの騎士だ。いぶし銀という表現で良いのだろうか。実際に暗い銀髪で、なんか……こう、歴戦の傭兵感がひしひしと伝わってくる。細身ではあるが大剣を振るう為の体躯はしっかりしした、細マッチョイケおじ騎士だった。HMIOKだ。
「…………」
他の者の様に余計な口上も無く、ただ大剣をすちゃっと構える様も、プロっぽい。
この男なら曲のダイナミズムを存分に引き立ててくれそうだ。手応えの予感ににやつきつつ、俺は楽団に向き直り、タクトを構え――。
しかし、前回のはしゃぎっぷりとはうって変わって。表情を曇らせていた魔王は。
「うーん、今日はちょっと……」ぽつりと。
――へ?
「テオタ。任せる」
――えええっ?
「はっ、仰せのままに」
言葉少なに呟いた魔王の命を受け、『堕聖女』テオタが何処からともなく魔王の傍に降り立ち、イケおじ騎士に立ち向かった。
え、ちょっと。ええ……? 中ボス戦って事ですか? 聞いてませんって!
俺はパニックに陥った。今回は神々しさに振り切った、様々なモチーフを内包する重厚な旋律が織り成す、正に最終決戦! というアレンジで挑もうとしてたのに。
言い方は悪いが、格が一つ落ちる戦闘にはそぐわない。
大慌てで楽団員たちに演目の変更を指示する。比較的ライトな決闘感を持つ譜面にする事はすぐに決められたが、折角やるのであるなら、先の『聖女』テオタ戦で用いたフレーズも織り交ぜて彼女の「闇堕ち」感も演出したくもあった。
しかし、譜面を調整する時間は――。
「――聖女テオタ……? 何故、貴女が……」
「ベオ。随分と老けたわね」
――ありそうだ。
知り合いらしい。そのまま思い出話に花を咲かせておいてね!
「貴女は相変わらずお美しい、と言いたいところだが……随分と御変わりになられた」
「そう? でも、あんな窮屈な恰好から解き放たれてせいせいしてるわ……」
その調子。
―――――――――――――――
「スケルくん、この構成だとあんたのソロパートが大分長くなる、その勢いを殺したくないから終盤はもう譜面を無視して、オクターブを上げて突っ走ってくれ」
「(こくこく)」
「ヴァンドラ、スタッカートを強めに、ハル子は逆に緩めな優雅さを――」
指揮台に寄り集まって来た楽団の皆に向けて、魔法の譜面を駆使しつつ、口早にアレンジの変更点を伝えていく。
「がう、がうう!? がうがう!」
「あっ。そうか、そうだった、ええと……」
今回が初陣となるマーティが、俺よりパニックになった様子だった。まだ全ての譜面を覚えきっておらず、不意の曲目変更には対応しきれない。
「とりあえず、Bmの構成音で行ったり来たりするだけでも……ええい、とりあえずシだけ吹いとけ!」
雑でごめん、マーティ。でも時間が無いのだ。
「――貴女を倒して、魔王を止める! お覚悟を!」
「うふふ。私を悦ばせてね? ボウヤ。あの夜と同じように」
ほーらやっぱり。もう始まる。
且つては良い仲だったっぽい二人が大剣と鞭の様な魔法を向き合わせたので、
ところが。
互角の戦いになるだろうという目算はすぐに外れた。両名が切り結んでいたかと思うと、テオタさんの鞭みたいな魔法があっと今に金縛りにイケおじ騎士を捉え、ぐるぐるに巻き付いてその動きを封じたのである――おい! 見かけ倒しも良いとこだ。まだ一分だぞ!
「ふふ、昔よりずっと逞しくなったわね……」
「うっ、ぐっ……」
妖艶な笑みを浮かべ、男の胸に指先をつつつ……と走らせるテオタさん。身悶えるイケおじ騎士。公衆の面前で何やってんだ。ていうか曲の展開と全然合ってないです。
「舐めるなあッ!」
気合一閃、呪縛を弾き解いたおじさん騎士が素早く大剣に飛びついて。また斬りかってくれた。交戦再開。良かった。なんかそれっぽい、ムーディーな曲にしなきゃいけないのかと一瞬覚悟したところだ。
ところで、その手のBGMって一体どういう基準で選ばれてるんだろうね? ほら、例えば……まあいいか。
ともかく、戦闘終了。
勿論、テオタの勝ちだ。イケおじ騎士の最後は……想像に任せるよ。
ヒントは、スイカ割り。
――――――――――――――――
ハプニングもあり、今回は俺自身が納得のいかない演奏になってしまった。
空気を読まない堕聖女テオタの所為で……いや、そもそも唐突にやる気を失くしてテオタに丸投げした魔王の所為で。曲の感想を伺うというよりは、文句を言う気満々で、俺は憂鬱げに頬杖をつく魔王イアレウスの前に進み出ていた。
「一体どうしたっていうんですか、曲だってちゃんと聴いてくれなきゃ」
「曲か。まあ……良かった……のではないかな」おいこら魔王。
物憂げな感じの魔王さま。あの悪意に輝いていた顔はどうした。
「……今は聞くな。いずれ、判る」
「…………」
そう応えた魔王の表情を見て、俺はそれ以上文句を言えなくなった。
それは、魔王イアレウスもまた、様々な悩み……特に仲間の喪失に凹んで溜息をつく、俺の様な表情をしていたからだった。
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