第17話 D.A.W

 魔城にだって新しい朝は来る。希望の朝だ。

 

 魔王の配下らしく、絶望と血に染まる混乱と悲嘆に咽ぶ夜明け、とでも言ったほうがそれっぽいんだろうけど、とっても爽やかな朝日でありまして。


 今日の午後にはまた『公演』の予定が入っている。


 うん、つまりまた新手の敵がやってくるわけ。


 自分でも度々忘れるのだが、一応、冥約の期限は残り十日ほど……だと、思う。


 何しろこの世界に導かれてからというもの、何から何までアバウトで、ホントに新月が来たからと言ってきっちり『冥約』とやらが発動するのかどうか怪しく思えてきた。


 ただ、まあ、実際に半端ない魔法を操って戦う魔王イアレウスの姿に、無理矢理納得させられてしまう面もある。だって本当に凄いもん。エウリュデオンとの戦いで、どんだけ爆発が起こったことか……映画なんかの爆発シーンを出来るだけ沢山思い浮かべてほしい。思い浮かべた?よし、それよりも倍は多いぞ。



 エウリュデオンと言えば、面白い後日談がある。


 あの戦いで盛大に爆散したパーツ、特に知能を司る部分が回収され、機械系のモンスターを造ろうというプロジェクトが立ち上がった。


 そんな先進的な試みの手始めとして、魔王配下の研究開発部門……『魔楽器』を作ってくれたインテリ系モンスターたちが、対話型の疑似頭脳……つまりはまあ、コンピューター的なものをあっさり作ってみせたのである。


 と言う訳で、実際に稼働する身体機構はまだ先の事としても、とにかく普通のノートパソコンみたいに色々なデータを保管したりいじったり出来ちゃうものが、紆余曲折の末、俺の手元に舞い込んできた。


 エウリュデオンの人格なのだろうか、ゆったりとした優しい声で応答してくれる彼女をエリーと名付けて、色々と対話を重ねていく内に、俺が必要としていたアプリケーションを構築してくれた。嘘みたいに都合が良い話だけど、本当だ。


 こうして俺は。DTMで用いられるDAW(Digital Audio Workstation 。デジタルで楽曲のパートを統合したり編集できるソフトの総称)的なものを手に入れる。


 これでアレンジや編曲がぐんと楽になる。捗ること間違いナシ!だ。


 ただ、手に入れたものもあれば失ったものもある。


 ミノットさんの後釜として選んだのは、マンティコア(ライオンと人間を足して割った感じのやつ)のマーティ。強靭な体躯とふっさふさのたてがみを持つ肉体派で、勿論肺活量もミノタウロスに負けず劣らず。トロンボーンの醍醐味である低く轟く音圧を期待できるのだが、残念なのは頭がライオン並みということだった。


 たてがみがあるって意味じゃなくて、ほんと、マジで……ああもう駄目だ。誤魔化せないほどに、アホなのだ。アホなんだよこいつ!!


 ライオンと言っても所詮はでかい猫みたいなもの。猫がやらかしそうなことは、この二日間で軒並みやったんじゃなかろうか。飛び回るハル子に興味を惹かれて飛びつくのを成功させてしまわないか心配である。


 楽曲と演奏の質は間違いなく向上してきてるが、魔王本人が満足するかどうかはさておき、それが俺の運命を握る『冥約』を果たせるのかどうかは未知のままだ。


 達成条件の不確かなゲームに、重圧とストレスは更に増し、そしてやっぱりミノットさんを懐かしく思う気持ちで、俺は自室の机の上にちょこんと乗るエリーの前で項垂れ、溜息をついてばかりいた。



『どうしました?タカシ。心理状態が優れないようですね。宜しければ私があなたに必要なものを提供させて頂きますが」


「え?ああ、うん。頼むよ」

『では』


『あっ、あぁ~ん。うふーん。いやあ~、だめぇ』

 

 飲みかけてた茶を全部吹いた。


「な、な、何を、いきなり……っ」

『男性のストレスを和らげるのは、異性との濃密な接触と相場が決まってるので』


 咽込む俺に、しれっと応えるエリー。

『この環境に足りないのはムンムンとした色気。せめてその気分だけでも体感して頂きたくて。では続きを』

『あふぅー。すごい~。あっはぁ~ん』


 それならそれでちゃんと映像を……いや、そうじゃなくて。

 というかその棒読みをまずどうにか……だから違うって。


「お前もアホなのか!!」

「ねータカシ。そろそろ昼だよ。演奏の準備を始めないと……」

『ねぇ~ン、もっとぉ~。まだいかないでぇ』


 俺が立ち上がるのと同時に、ノックもせずに扉を開けるハル子。


「あ」

 ハル子はそっと扉を閉じた。


「ハル子!これはちがっ……ああ……マジで……もう……」

 あまりのテンプレイベントをやらかした俺は、膝から崩れ落ちた。


『もおダメ~』


 棒読みの嬌声が響く中で。


――――――――――――


 まあ、一応。この騒ぎで悩みの半分は紛らわすことができたのかも。


 リハーサルの場に現れた俺に、ハル子は至って普通に語りかけてきた。


「ほら、マーティがまたスケルさんの頭を転がして遊んでるよ」

「ああ……うん」

「楽団長なんだからしっかりしてほしいな。遊びたいのは判るけど、大事なリハーサル前に遊んでちゃダメだと思うの」


 あ、やっぱりまずい。普通すぎる。一番怒ってる時のアレだ。

 言い返しようのない正論でちくちくやられるのが一番効く。


 俺は素直に、スケルくんの頭を助ける為に、無邪気な猫パンチを繰り返すマーティを止めようと……でけぇなこいつ。俺一人じゃ無理だ。


 なので。

「……トロりん、手伝って」

「うご?」


 ティンパニを整備中の緑の大きな友人に、助けを求めたのだった。

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