第19話 アダージェット

 魔王との面会を終えた俺は、数日ぶりに地下牢に囚われているリシャの様子を見にいくことにした。ここ最近は色々とバタバタしていて、一応俺が作曲をする理由の一つである、救うべき彼女のことをすっかり失念していたことを、ここに告白する。


 俺が進言したからだろうか、リシャの待遇は以前に比べて格段と良くなっている。

 牢は移され、布衣一枚だった身なりもちゃんとした衣服を与えられていて。ぼさぼさだった栗色の髪には櫛が通り、美しい輝きを取り戻していた。


 やっぱかなり可愛い。好き。相手は微塵も想ってないのは判ってても。

 やっぱかなり可愛い。好き。


 リシャが座るベッドの枕元には、何故かくまのぬいぐるみが置いてあった。

「なんか、スケルトンが置いていった」らしい。

 意味が分からないけど、なんとなくあの骨なら、と納得した。紳士な骨だし。それに……置いている位置からして、まんざらでもないんじゃないの? 可愛いとこあんじゃん。


「それに、このベッドや家具」

 リシャが、石牢には不釣り合いなベッドや衣装棚、茶台を見回す。

「あのミノタウロスのひと……に、お礼を言っておいてくれる? 親切にしてくれたのに、冷たくしちゃったから」


 ……ミノットさんだ。重たい家具をたった一人で軽々と運び入れて、部屋を整えて……その光景が浮かぶ様だった。リシャが怯えたのも当然だと思う。見た目は屈強そのものだし、もしこの世界で最初に出会ったのが彼だったら、俺は身体から出るものは全部漏らしていただろう。でも、その本質を知れば……。


 またこみ上げて来た。何だよ。事あるごとに思い出させて来るな。本当の事を言えば、彼と話す機会はそう多くはなかった。だけど、その言葉の一つ一つはしっかりと思い出せる。失ってから初めて、その大切さに気付く事がある……。


「彼は」

 ――モー居ない……。

「……死んだ」

 俺の声が震えたのは、一瞬浮かんだ語句の所為でもある。


「……そうだったの」

 しかし、リシャは俺の表情から、やはり俺が喪失感に打ちのめされている事を察したようだった。

「大切なひとを失うのって、辛いわよね……」


 一瞬同情する素振りを見せたリシャだったが、その相手が、彼女から大切なものを悉く奪い去った張本人である魔王の配下だということを思い直したようだった。

 

「……その気持ちが判るのなら、魔王イアレウスがどれほど無慈悲で残酷な悪魔なのかも判るでしょう。何故、あなたは従うの……」


 そりゃあ、クソ強いからです。

 とは言えない。言える? この状況で。

 

「………………」

「………………」


 気まずい沈黙。今日俺がここに来たのは、ことの進捗を伝え、彼女を元気づけるためだったのに、逆効果に終わってしまいそうだ。


 すると、突然。


「いたいた。探したわよ。何してるの? こんな辛気臭いところで」

「ひえっ!?」

 

 首筋にかかる生暖かい吐息の感触に、俺は飛び上がった。


「テ、テオタ!?……さん」


 先程の戦いでベオなんとかとかいうイケおじ騎士の頭をカチ割ったテオタが、相変わらずの艶っぽい笑みを浮かべて、俺の背後にぴったりとくっついてきた。


 戦いの興奮冷めやらぬ状態なのだろうか、その吐息は熱く、振り返った俺の耳元をくすぐり、そして何よりも身体を密着させてくるので。あ。ああっ。それは。それはまずいですって。押し付けすぎてたわんでます、弾力たっぷりのそれが。


 悲しいかな、何故か抵抗してくれない身体の所為で為されるがままだ。断っておくけど、頭ではいけないことだとは思ってるんです。本当です。


「魔王さまってば、想いに耽っていらっしゃって、お相手をしてくれないの」

 固まっている俺の耳元で、囁くテオタ。

「だ・か・ら……」


 あわわわ。耳たぶを甘噛みしないで。

 それにね、テオタさん。


 リシャがね。

 全部見てるんですよ……。


「ひ、人前で何するんですか!」

「人前じゃなかったら良いのね?じゃあ早速上へ」

「そうじゃないよこの色ボケ闇堕ちエルフ!」


 思いっきり悪態をつくことでようやく、身体が言う事を聞き、ホントに数日前まで聖女だったのか疑わしいテオタを振り払えた。


「ん? 人前……?」

 彼女はここでやっと、石牢の中で口をあんぐり開けていたリシャに気付いたようだ。すごいなこの人。視野が。


「ふぅん……」

 色々と察したらしいテオタ。リシャの風体を一瞥するなり。

「そんなペチャパイが良いの?」

 言っちゃった。

 

「……っ!」

 ぼっ、と顔を赤くしたリシャが即座に言い返す。

「うっさい! あんたのが無意味にでかいだけよ!」


「おこちゃまにはこの魅力はわかりまちぇんよねえ」

「そのせいで脳に栄養が行かなくなるよりはマシよ」

「またまたぁ。ほうら。御覧なさい。この重量。羨ましいでしょ?」

「やっぱりね。その代わり頭がすっからかんじゃなきゃそんな真似できないものね」

「……生意気な小娘! 魔王さまの虜囚でなければ、その首、今すぐ刎ねてやるところ……!」

「やってみなさいよ今すぐ!この発情エルフ!」


「…………」なんで今日はこんなんばかりなんだ。


 俺はその場で頭を抱える。

 

 あのね?俺さ。やること一杯あんのよ。戦闘曲もだけど、国歌も作んないといけないわけ。頼むから音楽のことだけに集中させてくんないかな……。


 ただ、まあ、理由はどうあれ、リシャを元気にすることは出来たような気もするので、それだけは良かった……と、いうことにしないと、とてもやってらんない。

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