第13話 魔王さま、動じず。

 魔城内部に広がる、荘厳な長廊下を全力で駆け抜ける俺と、ついてくるハル子。


 臨戦態勢下に入った城内の窓や扉が次々と変形し、非戦闘モンスターたちとその居住区を隔離する防衛システムが発動していた。細かい仕組みはよく知らないけど、どうせこれも魔法なんでしょ?「うん、たぶん」ハル子もよく判ってない。



「おお、思ったより早かったな。その様子ならハルコの機嫌は直っ……どうしたんだよ、そんなに慌てて」


 血相を変えて控室に飛び込んできた俺たちを、ヴァンドラが一瞥した。


「次のステージの幕が上がるぞ! さあ、開演だッ!」


 久々に全力で走ったのでアドレナリンが出た俺は、興奮に任せて大袈裟に腕を振り、それっぽい決め台詞を繰り出した。事前に考えていたやつだ。


「…………」

「あ、ああ……判った」


 一瞬戸惑った様子のモンスターたちは顔を見合わせ、そそくさと楽器の運搬を始めた。なんだよ今の間は。ちょっとその気になったくらいで引くんじゃないよ。恥ずかしいじゃん!


「本当に大丈夫ですの? 練習も完璧とは言えないし……それに、このアレンジは軽薄すぎませんこと? 魔王さまがお気に召すとは思えませんわ……」


 楽器の運搬が進む中、ラミアのラミ江さんが心配そうに声をかけてきた。


 竪琴を操るラミア族は基本的に保守的な曲が好みらしく、今回のアレンジテーマに若干不満がある様子。


 今回の演奏は、いわゆる”ロック”のスタイルを目指している。

 コンプレッサーを思い切りかけて締まりをよくした重低音パートに、抜けの良いスネア音とうねる様なベースラインを絡め。オーバードライブでギャリギャリに歪ませたストリングスパートによるメロディアスなリフで疾走感のあるアレンジを加えたものだ。


 中世っぽい世界観のゲームのラスボスの曲でも、バリバリのロックだったりするじゃん?

 と、言ってしまうと身も蓋もないので。


「魔王さまは、神が強いてきた秩序から解き放たれる存在の象徴でもあるでしょ? だから音楽とはこうあるべきという既成概念から脱却した曲と演奏で、それも表現するべきだと思ってさ」


「そう言われると……そんな気もしてきましたわ」


 それっぽい理屈でどうにか納得してもらった。

 


――――――――――――――――――



「…………なあ」

「うん?」

「今回の敵、遅くない?」

「ああ、かれこれ一時間経つな」


 演奏の支度も終わり、刺客の登場を待ち続けてそわそわする楽団おれたち


 なかなか相手が現れず、すっかり緊張が緩んだ俺は、指揮者棒を手持無沙汰にぶらぶら揺らし、座り込んでいた。


「まさか迷子になったとか」

「それはないだろ。ちゃんと構造をいじって真っ直ぐ辿り着けるようにしてあるんだから」


 ぼんやり呟いた俺に、ヴァンドラが即答した。うん……でも、遅いんだもの。



 魔王イアレウスは例のポーズで玉座に座り、目を瞑ったまま相手を待ち受けている。瞑想しているようでもあるし、ただ単に寝ているのかもしれないが、隙は全く無い。

 たとえ今この瞬間に急襲を受けたとしても、返り討ちにできるという自信があるんだろう。


「もしかして伝令飛竜の見間違いだったりしない?」


 報告ミスを疑ってみたが、それも有り得ないとのこと。


 魔王イアレウス軍には八人の将軍が存在し、それぞれが大軍団を率い、大陸に割拠する二百の国々を次々と滅ぼしたり征服したりしている。

 その拠点間の連絡を主に担っているのがヘラルドワイバーン。伝令に特化した魔法力を持つ飛竜種だ。監視と斥候を兼ねる優秀な竜であり、その働きは確か……。



 ……ウィィン、ガキン。

 ……ウィィン、ガキン。


「おっ」


 耳に入った物音で、俺は立ち上がる。やっとお出ましか……。


 しかし、何か妙だ。何処かで聞いた事がある音が、逆に違和感を呼び起こした。


 扉から煙の様ながもくもくと玉座の間に入り込み、床の上を滑っていく。


 ウィィン、ガキン、ウィィン。ウィィン!


 一際大きなモーター駆動音を響かせ、謎の光源による後光を背負い。


 四メートル程の人型の……重厚な白銀の装甲を纏ったロボットが玉座の間に現れた。


 魔王さま。こんなのもアリだなんて聞いてません。



――――――――――――――――



 脚部の長いスタリッシュなものではなく、俗に言うミリタリーリアル系のロボットだった。脚は逆関節タイプで、足の先端には幾つかのタイヤがある。

 

 肩部にはそれぞれウェポンベイと思しき兵器格納ブロックを担いでいて、巨大なバックパックを背負い……もう言っちゃう。フロントミッションシリーズのヴァンツァーみたいな見た目だ。重量級のやつね。


 ぽかんとしている俺の背後で、モンスターたちは冷静に楽器を構え始める。皆にとっては特に驚く相手じゃないらしい。でもさあ……。


 ええと……すいません、魔王さま、いつものお願いできます?


「――自律魔導兵器、エウリュデオン。発掘された古代の超文明の守護機兵を魔法で制御できるように改修されたもの……全て破壊されたと聞いていたが、まだ稼働していたとはな」


 ありがとうございます。


 ウィィン、ウィィン。ガチャンガチャン。ブシュー。

 排熱かな? 蒸気を吹くエウリュデオン。話が入ってこない。


「……くくく、ふははは! なるほど。面白い」

 何かに気付き、笑う魔王。できればもう少し情報をください。


「それだけの出力を得る為に、一体どれほどの魂を贄としたのか……百や二百ではなかろう。博愛と善を嘯く神の教えに背いてでも余を討たんと望むか。はははっ。人と魔が何ら変わらぬ存在という証明よ!」


 おもちゃを前にした子供みたいにテンションが上がっている魔王さま。だけどそれは、人間たちがこの機兵に魔王と戦えるだけの力を与える為に、何百人もの魂をどうにかしたから、という子供らしくない理由だ。


 進退窮まった人間が、非道な行いをするのがツボらしい。

 

「ねえっ! 何してんの! もう始まっちゃうよっ!」

「はっ」


 ロボが嫌いな男の子なんていない。思わず見惚れてぼうっとしていた俺を、ハル子の羽根がべちべちと叩く。そうだ、演奏が俺の仕事だった。



 俺は慌てて指揮者棒を楽団に向けて構え。


 

 ウィィィン……ガシャン。

 エウリュデオンは三十口径魔法ランチャーの銃口を魔王に向けて構え。


 

 いつもは余裕たっぷり、常に冷静だった魔王さまは、俺が見てきた中で、初めて心の底から愉しそうに牙を剥きだして笑い。



 三者の奏でる音が交錯した。

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