第12話 魔王さま、学ぶ。

「此度の曲は単調なリズムに、予測可能な音域のフレーズを繰り返しているだけだ。モチーフを強調したいのは理解できるが、折角これだけの楽器があるにも関わらず、その特性を生かしきれていない。和音の重なり、連なりも杓子定規。意外性を全く感じられない。いかに余が比類なき魔を統べる存在であるにしても、その印象に囚われすぎているのではないか?」


「ええ、はい、ええ……」


 俺は今、魔王さまにダメ出しを喰らっている。


 戦闘と演奏の後片付けが進む玉座の間で、例によって玉座にゆったりと座る魔王さまの評論に、俺は直立不動で、曖昧な返事を返し続けるしかなかった。


 魔王さまは、その頭脳やセンスも人並外れており、何度かの打ち合わせで俺が語ってきた音楽的な表現、知識の断片をみるみると吸収し、理解し、分析するまでに至っていたのだ。万能すぎにも程がある。


 その指摘も概ね正しいのがことさらに厄介だ。言わんとする事はひしひしと伝わってきたし、俺自身、自覚しているところでもあった。何かをパクる形にならないように慎重になるあまり、自分が扱いやすい音楽理論のみで安直な曲作りをしてしまったという事は否めない。


 でもさあ!

 そこまで言うならもう自分でお作りになってみたら良いんじゃないですかねえ!


 ……とは言えない。それは創作者の端くれとして絶対の禁句であり、もしかするとこの魔王なら実際に作ってしまいかねない。そうなってしまうと俺は用済みなわけで……。


 悶々としている俺の表情と心を読んだ魔王さまが、にやりと笑った。


「喜べ。テオタの話によると、まだまだ余の命を狙う愚か者どもが襲撃を企て、この魔城を目指しているとのこと。試す機会はいくらでもある。経験を経た暁には、いずれ余が納得する楽曲が完成するであろう」


「それじゃあ、色々デモ版を作るんで、事前に試聴してくれません?」


「断る。曲だけでは実際のいくさの状況に適合するかどうかは判断できぬし、貴様の曲に従って戦うのも気に食わないしな。余は何者にも操られるつもりはないぞ」


 むちゃくちゃだ。わがままにも程がある。魔王だから当然なんだけど……。


 ま、とりあえず、音楽の事を語るのにいちいち余計な言い回しをしなくて済むのなら多少はやりやすくなるのは助かる。


―――――――――――――――――――


 とぼとぼと控室に戻ってきた俺を、演奏後の楽器の調律やメンテナンスに勤しんでいた魔城楽団モンストロケストラが出迎えた。


「で、魔王さまはなんと?」


 かくがくしかじか。


「魔王さまがそう仰っているのなら、仕方ないな」


 ミノットさんがあっさりと納得した。少しくらいは同情してほしい。


 短期間で仕上げた曲にしてはそれなりの出来だったはずだし、それを見事に演奏してみせた楽団の皆の献身的な努力を無碍にされ、俺は少なからず魔王……さま、の傍若無人な横暴ぶりに苛ついていた。


 その不満が表情に現れていたのだろう。ぶすっとしていると肩に手を置かれ。

 

 振り返ると、スケルくんが無言でうんうんと頷き、顎骨がカタカタと揺れていた。なだめてくれるなんて、いい骨だ。


「それはそうとして、これからどうするつもりなんだよ。先生?魔王さまの話じゃ次の"発表会"はまたすぐにやってくるみたいだし、新曲を作っても覚える時間はないぜ?」

「そんな事判ってるって。今必死に考えてんだよ」


 他人ごとのようにへらへら笑うヴァンドラ。こいつは単に面倒くさがっているだけだ。その綺麗な銀髪をむしってやろうか。


 しかし、彼の言う通り、確かにイチから作り直すには、それなりの時間が必要なのは確かである。どうしたものか……。


「…………」


 俺は暫く思案し、既存の曲に大幅なアレンジを加える事を決めた。


 魔王は意外性がない、と言っていた。それならお望み通り、魔王ですら予想できないジャンルで驚いてもらおう。何度でも試すチャンスがあるというなら、いっそ、思い切って勝負してやろうじゃないか。


「――よし、皆聞いてくれ。ベースパートを強調したエイトビート、八分打ちを土台にして、メロディーラインと金物系は十六分で刻む。BPMは百三十ちょいまで上げよう。弦楽器のエフェクトも強めに歪める。スタッカートを多用するバッキングっぽい下地にするんだ」


「へ?」唐突な指示にぽかんと口を開ける楽団員たち。


 それもそのはず、俺が常々用いる感覚のままのニュアンスは、恐らく半分以上は伝わっていない。しかし、一応、今の俺は魔城楽団を率いる楽団長。少しくらいは立場と権力を振るう資格はあるはず。これくらいはついて来てもらわなければ。

 

 演奏の基礎は概ね学んでもらった。次の段階ステージへ進む時だと思った。


 和気あいあいと気遣い合っているだけでは、あの魔王に勝てない。

 そう覚悟を決めた瞬間だった。


 俺のやり方で。俺の価値観で。

 例え全てが伝わらなくても、俺自身の言葉で。


 

―――――――――――――――――――



 単に魔王に図星を突かれて、ムカついただけと言われれば、それもまた正しいと思う。人間としての生に期限が迫る上、一泡吹かせてやろうと気炎立つ俺の指導方針の変わりぶりに、不信を抱く楽団員も居た。


「何度言ったら判るんだよっ!一拍早めに入らないと疾走感が無くなって、全体のテンポがおかしくなるんだって!」


「私だって頑張ってる!でも出来ないんだからしょうがないじゃん!」


「……怒るタカシ、嫌い!」

 ハル子の何度目かのフルートのミスを怒鳴ると、彼女は泣きながらパタパタと部屋を飛び去ってしまった。


「キキキ……泣かした!泣かした!」

「泣ーかした!」

 コントラバスを二匹で支えるゴブ太とゴブ郎が囃し立てる。

 

「詫歌志。今のはお前が悪い。すぐに謝ってこい」


 ミノットがずいっと俺の眼前に仁王立った。今までの俺なら、二メートル半もある彼の、今にも捻り潰されそうな威圧感にすぐ屈服していただろう。だが、俺は一歩も退かず睨み上げる。


「甘やかしてたらいつまでも上達しないよ。少しは厳しくしておかないと、次の本番でミスされたら困るんだ」


「……失敗しない事が音楽の価値なのか?」

「……っ」

 俺はどきっとした。


「あの娘は両親を殺された。それ以来、心の底から正直に甘えられる相手に出逢ったのは初めての事だ。大目に見てやれ」


 ミノット以外の楽団員たちも、何かを言いたげに俺をじっと見つめている。


「それに、多少のミスなら私達がカバーしてみせる。お前一人で全てを担う必要はない。少しは我々を信用しても良いのではないかな」


「……ああ」


 ぐうの音も出ない正論に反省した俺は、泣き去っていったハル子を追って、上階のバルコニーへと向かった。いつもあそこで空を見ていることは知っていた。


 バルコニーの柵に座り、めそめそと泣いているハル子に声を掛ける。


「……ごめん、言い過ぎた。落ち着いたら戻ってきてくれ」


 ハル子は気付かないフリをして肩を震わせている。俺は思い切ってその背後へ近づき、頭を軽く撫でてみた。

 

「っ!」


 びくっと驚いたハル子は一瞬戸惑い、大泣きして俺の胸に泣きついてくる。


「うわっ!?」

「クビにされるんじゃないかって思っちゃったっ……ごめんなさい、ごめんなさい。私、もっと頑張るからぁっ……!」


「まさか、クビにするなんて考えたすらこともないよ。絶対にそんなことしない」


 よしよし。良くも悪くも判り易い反応と、あっと言う間に展開した安っぽいドラマに半ば呆れつつも、俺はハル子の頭と背中をぽんぽんと叩く。


 ハル子はハルペイア。空を自由に飛べるはずの種族。しかし魔城の近衛師団として束縛され、魔城の領域しか生きられない、籠の中の鳥。


 大空を自由に飛ぶという叶わない願いの代わりに、音楽という楽しみを見い出したハル子に同情できない訳がない。俺も似たようなものだったから。



 魔城を染める夕暮れの中、ぐすぐすとすすり泣くハル子を慰めていると。


 西方の山の稜線に沈みゆく夕陽の中に、伝令龍の影を捉えた。



 ……新手が来る。

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