第11話 魔王さま、そんなことまで。

 まるで地震と嵐が一緒に来た中で演奏しているようだ。とんでもない震動に揺さぶられながら、それでも俺は指揮者台の上で踏ん張り、モンスター達も勇壮なフレーズを見事に奏で続ける。いいぞ皆。頑張れ皆。


「どうした? 奈落の力の一端を使ってもその程度か! 失望させるな。もっと、もっとだ! 力を渇望せよ……!」

 魔王さまがテオタの力を引き出そうと更に煽る。その調子です。


「ああああっ! ああッ……!」

 苦痛に悶えるテオタの声にちょっとした罪悪感と興奮を覚えつつ、俺はタクトを振る。


 メインフレーズの繰り返しリフレインに、三度上の和音が次々と重なり、重厚で荘厳なメロディーラインがうねり、力と力がぶつかり合う戦いに、更なる勢いを加えていく。上手く行っている。たぶん、この時の俺はだいぶ醜悪な顔で笑っていたはずだ。


 この様な曲では適切な表現ではないが、いわゆる”サビ”が盛り上がり、そして決着を示す最後の和音が高らかに鳴り抜け。

 

 テンションが上がりに上がった俺は、高揚した気分を解き放つ様に指揮者棒タクトを剣の様に振り抜いた。決まったぜ……!


 俺の息は上がっていた。自分自身も戦ってた感がすごい。



 達成感の勢いのままに鋭く振り返ると、曲の終末と共に、魔王と聖女の戦いも決着を迎えていた。完璧だ。


 魔王さまが放った紫の炎と、テオタが解放した黒い渦の残滓が徐々に晴れ。


 勿論、勝者の威厳と余裕に満ちた魔王さまの立ち姿が先ず現れ、その前にうずくまるテオタと、従者たちの影が見えた。


「中々に愉快。聖女でありながら魔空のことわりに身を任せるさま、とくと愉しませてもらったぞ……」


「……くっ……」


 戦衣は激しく焼け焦げ、ボロボロになってはいるものの、テオタはまだ生きている。息を荒げ、勝ち誇る魔王さまを睨み上げ……少しほっとしたが、これから魔王さまが下す裁きの事を思うと、俺の心中は穏やかではない。どうするおつもりなんでしょうか。


 魔王さまは息も絶え絶えのテオタに歩み寄ると、初めて出逢った俺にしたように、その頭へと手をかざす。


「やっ……やめなさい……やめて……!」

「テオタさまー!」


 怯えを見せたテオタの身体が青い炎に包まれ、従者が絶叫する。


 しかし、炎が途切れると、テオタの無事な姿が現れた。

 

「……?」

 従者たちと俺は同じ顔で困惑した。一体何が起きたのか。


 テオタがゆらりと立ち上がり、青紺色のローブを剥ぎ捨てると、かなり際どくて露出の多い黒い革っぽい衣装姿が現れ。


 そして、真っ白になった肌。真っ赤になった瞳……。

 

 わあ、これは悪堕ち! 悪堕ちだ!!

 魔王さま、そんなこともお出来になられる。


「魂が宿す光が強ければ強い程、その影は色濃く淀むものだ。奈落の解放は魂の境界を破壊する程に強力な邪法。行使した者の神性を反転させるのは容易い」


 なるほど、真面目な人ほどキレたらヤバいみたいな?


「テオタ……さま……」

「うふふふ……」

 変貌を遂げたテオタが、妖艶な笑みを浮かべながら"元"従者たちに歩み寄って行く。


 そして、絶望に狼狽える従者ふたりの前に立つと、鞭みたいな魔法を振り抜き、躊躇なく、同時に、首を刎ねた。わーお……。


 従者たちの身体がどさどさと倒れ、嬉しそうに笑ったテオタは恭しく魔王さまの前にかしずき、魔王さまは満足そうに頷く。


「くくく。予想以上の転化だ。堕聖女テオタよ。早速、余のしもべ、将軍として迎え入れてやろう。その奈落の力を存分に振るい、人間どもを絶望と死の淵へ引きずり込むが良い」

「仰せのままに……」


「立て……」

「…………んっ……」

 薄く笑った魔王さまが促し、静かに立ち上がったテオタの顎をくいっと上げ、あっさりと唇を奪う。テオタもその身を預けてうっとりとした。見事な堕ちっぷりにびっくりだ。


 強力な魔法に晒され、破壊された玉座の間の中央で、大胆な誓いと契約を交わす魔王さまと元聖女。


 良いシーン……かな? でもちょっぴり気まずい。人目(?)もあります。

 

 テオタさんも夢中になりすぎて更に衣装がはだけちゃってます。じっくり観察するのも失礼なので顔を伏せておきますが、横目でちらちらと見てしまう。だってさあ!  しょうがないじゃん!! すごく……すごいんだからあの恰好!


「(タカシも結局、人間の女が良いんだあ……)」

「(うわっ!?)」

 

 不意の囁きにまたびっくりする。いつの間にか背後に音も無く飛び寄ってきたハル子がじっとりした表情で睨んでた。いや違う。事実だけど違うのよ。


「ち、ちちち、違うって。魔王さまって色々出来るんだなーって思って」

 我ながら判り易い動揺と誤魔化しっぷりだ。


「ふーん……ま、いいけど……」

 ハル子の拗ねっぷりも判り易い。というかその感情は何でしょう。まさか嫉妬とか言わないよね……? 事態をややこしくする要素がまた一つ増えた予感がする。



 演奏を終えた楽団の面々も俺の元にどやどやと集まり、興奮冷めやらぬ様子で口々にまくしたてた。皆、今回の演奏には充分な手応え感じたようだ。


「ね、それより、どうだった? 私のフルート! 今日は失敗しなかったよっ」

「ふごご!」

「今のは成功だろ? 成功したよな? やったなタカシ!」

「かなり良かったと思いますわ。これならきっと魔王さまもお喜びになりますわ!」


「ああ。俺もそう思う。皆、よくってくれたよ」


 楽団おれたちはたった今成し遂げた演奏の成功を確かめ合い、小声で盛り上がる。魔王さまと元聖女さまの方もだいぶ盛り上がっている。


 空気ムードを読んで小声で喜び合っている楽団おれたちに、誓いと契約の口付けを終えた魔王さまがテオタを従え、近付いてきた。


 お褒め頂けるだろう。色々な問題を解決させる為の第一歩になるはずだ。


 期待にそわそわする俺と、モンスターたち。


 しかし、俺たちは、魔王さまから予想外のお言葉を賜った。


「……いまいちだな。余のイメージとはちょっと違う」


 マジですか。

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