第10話 魔王さま、煽る。

「聖女テオタ。エルフの中でも最も古く、神聖なる一族の長である貴女が直々に、しかもたったの三人で現れるとは、オルヤの兵は無責任な臆病者の集まりと見える」


 俺は思わず「おっ」と振り返った。魔王さまが名を覚えているというだけでも、彼女が只者ではないという事が判る。それに、すんごい美人だし。


 口角を吊り上げ、あざけ笑う魔王さまの煽りに、テオタと呼ばれた女性が唇を噛み、サファイアの様な片眼を細める。


「どの口が言うッ……! 配下の軍勢と魔炎龍を差し向け、オルヤの園を焼き尽くし、無辜むこの民たちを屠ったのはお前でしょう!」


 悪事の華の一つと言えば、焼き討ちだ。いやあ、魔王さまは本っ当に、魔王がやりそうな事は大抵やってのける。悪い魔王だなあ……。


 そんな魔王さまに向けるテオタの表情が憎悪に歪むが、気品溢れる端正な顔立ちと佇まいは尚も美しい。一瞬。ほんの一瞬ではあるが、どっちを応援しようか迷った。ほんと一瞬ね。なんかこう、ほら。色々な意味で勿体ないじゃん?


「………」


 従者らしき男エルフの二人が、言葉もなく、それぞれ、青と赤の光で輝く光剣を抜き放つ冷音で、俺は我に返った。テオタの美貌に目を奪われている場合ではなかった。いつ戦闘が始まってもおかしくない。


 魔王さまが立ち上がり、床まである漆黒のローブを大仰に翻し。

 テオタが向ける白銀の剣には、鋭い金色の光が宿った。


 両者の髪や衣類が、風も無いのにばっさばさとはためくのは不思議だし、両者の因縁についても興味はあるが、俺の仕事はあくまでも、今、この戦いを盛り上げること。


 楽器を構えるモンスター達へ向き直ると、前回ほどではないにしろ、緊張に強張る彼等の様子が目に入る。だが、その目には、今度は成功させるという決意と確信の光が満ちていた。


 俺は軽く頷くと、指揮棒タクトを振り上げる。

 

 今回は、タイミングを計ったりはしなかった。恰好付けた言い回しをするなら、魂と運命が導く、全てが集約される瞬間を捉えたみたいな感じだ。要するに、バッチリなタイミングで演奏の開始をキメた。


 スケルくんのバイオリンの、階段を駆け上がる様なフレーズに合わせ、楽団全体が一つの塊となり、弾けるように爆発する。


 前回の反省を踏まえ、イントロを間延びさせず、なるべく早い段階でメインのテーマへ持ち込むアレンジを加えてあった。


 大音響の余韻の中、打楽器、ティンパニと、次々に合流していき、その他の楽器の響きが絡み合って。破壊的かつ圧倒的な威圧音から、魔王さまがその身に秘めたる膨大な魔力の放流が溢れ出す様を現すノリである。

 

 単純なマイナースケールに、ドミナント・コードが次々と乗り、安定したトニック・コードに戻ろうとするのを、半ば無理矢理ドミナントで引き戻す。

 神々が創り出した秩序を乱し、混沌を創造せんとする魔王さまそのものを象徴するフレーズが更に連なっていく。


 玉座の間を満たす色とりどりの閃光が楽団を照らし出し、戦う者たちの影が走る。


 最早ちょっとしたライブコンサートみたいなもんだ。恐らくは魔法や魔術が炸裂し、衝突しているのだろうが、戦場で何が起こっているか確認する余裕はないし、その必要もなかった。


 なんかこう、魂で感じるみたいな? 判るかなあ、この感覚。


 全てが調和して、高まっていく感じ。鳥肌が立つくらいにテンションが上がった俺は、震えながらも夢中で指揮棒タクトを振り続ける。


「っ!?」

 勿論、突然の"BGM"にエルフたちは動揺した様子。そりゃそうだ。


 そして、魔王さまのいつもの炎魔法が炸裂する紫色の光が閃き、戦いは始まった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――


 背後では魔王と聖女の熾烈な戦闘が繰り広げられている……と思う。


 指揮に集中している間に、エルフの従者の片方が傷を負ったらしく、ほわほわとした回復魔法の音と共に、怒号が飛んでいた。

 

 大音響のイントロからAパートを終え、リズムを優先させて多少トーンを落としたパーカッションパートに入った所で、魔王様の高笑いが響いた。


「はははッ! テオタよ! 勿体ぶらずにその眼帯ふういんを解放したらどうだ!」

「言われずともっ!」

「なりません、テオタさま! その眼は魔王に傷つけられた代償に奈落を開く能力を得ましたが、それ以上使えば、魔炎龍を三層奈落へ封じた時と同様に浸食が進んでしまいます!」


 ご説明どうも。今回の相手は相応の実力者らしく、会話と剣と魔法を交わしながらの戦いはそれなりに長引いている。ただ、もしかしたら魔王さまが気を利かせてくれているだけという可能性もあるけども。


「例えこの眼が焼けようとも! この身が穢れ、朽ちようとも! 私はオルヤの民と共にあるのですっ!」

「ああっ! 眼帯を引き千切って! やめろ、やめるんだ! テオタ!」


 曲の盛り上がりと共に、何やら劇的な事が始まっているらしい。俺はタイミングを見計らって、指揮棒タクトを真一文字に振り払った。


 タクトの先から魔法の譜面、といった感じの文字や音符を現す光が溢れ出し、楽団はそれに合わせて曲の展開を変える。言い忘れていたけど、このタクトもちょっとした魔法を込められ、自由自在に演奏を操れるという便利な代物だ。


 DAWソフトのUIを操るみたいなようなものである。判りにくいと思うが、それ以外に表現しようがない。察してほしい。この魔力が何処から来てるのかも。

 

「それは奈落を出現させる禁断の魔法! それ以上使っては、あなたは聖女ではなくなってしまう!」

「構うものですかッ! この身と引き換えに魔王を封じられるのであれば、本望!」


 判り易く何が起こっているのかを教えてくれる従者の悲痛な解説さけびと共に、楽団おれたちの演奏を凌駕する轟音が玉座の間に響き渡る。とんでもないエネルギーの波動が発生し、楽団を護る結界も衝撃波を受け、砕け、弾け、軋み。


 破壊音と衝撃が玉座の間に広がっていく。


 楽団の演奏場は結界で守られているとは言え、禁断の魔法とやらの威力は凄まじく、激しい衝撃の余波は楽団を覆い、俺達の舞台を揺さ振った。


 ええい、負けるか! こちらもボリュームアップだ!

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