第5話 魔王さま、暴れる。

 俺には楽譜を書く知識が足りないし、楽譜の読み方をモンスターたちに教え込む時間は足りない。とにかくフィーリングあるのみ!扱える楽器をあてがい、弾き方を身体で覚えてもらうしか手はなさそうだった。

 

 幸いにも、流石に魔王直属の高位の魔物たち。構造上どうしても無理なものでなければ、みるみる内に音の出し方を習得してくれた。


 特にあのスケルトンが、バイオリンがクソウマだったのには驚いた。もしかして生前は音楽家だったんじゃなかろうかと訝しむ。あの笑いは「これ、俺の!」っていうオチだったりして。


 なんだかんだで、ラミアやインプなどの楽器系モンスター(そんな言葉があればだが)たちも進んで協力してくえるようになっていた。


「だ、だって……皆さん、楽しそうにしてらっしゃるんですもの……」

 ラミアさんが恥ずかしそうに頬を染めるので、俺の頬はだらしなく緩んだ。


 彼女等の助けを得る事は大きく、モンスター同士での情報の共有が円滑になり、楽団の練度は少しずつ、しかし確実に向上していった。


 だが、厄介だったのは、楽団を構成するにも人員に限度があるという事だった。魔城楽団の噂は広まり、大勢の魔物が参加を希望していたらしいが、どうしても選抜しなければならない。



「ねー!なんでわたしは駄目なのー!」

 ハルペイアのハル子が、今日も俺の頭上をばさばさと飛び回り、げしげしと頭を蹴ってくる。


 実際はハルコという名前なのだが、最初にそう聞こえたので、俺の中ではハル子だ。クソ生意気な少女で、怒らせると脚の鋭い爪でひっかいてくるので、あんまり無碍に扱えずに困っていた。


「何度も言ってるだろ。君のその腕……翼、じゃ無理だよね?」

「そこをなんとかしてよっ」

「なんとかって……まあ、当てはあるけど」


 思い当たるのはハーモニカを顔の前で固定するアレだ。シンガーソングライターがよくやる感じのやつ。


 こういう時には、保管庫に頼る。あそこにはありとあらゆる物が埋蔵されているからだ。ハル子を伴って散々探した結果、彼女に丁度良いハーモニカを見つけ出す事が出来た。


「ありがとー!タカシ大好きっ!」


 彼女は大いに喜び、ハーモニカを吹き鳴らしながら、魔城が建つ岩山の周辺の空を軽やかに飛び回り、俺は魔城のバルコニーから暫くそれを眺めていたのだった。



 しかし、ふと、ハーモニカの音が止む。


 醜い飛竜が、真っ直ぐこちらに向けて飛んできていたのだ。


―――――――――――――――――――――――――


「――人間が乗り込んで来るぞ。伝令によれば四名。オーベンクルトの討伐部隊だ」


 薄笑いを浮かべた魔王さまが、集めた配下に命令を下す。


「久方ぶりの客人だ。余が自ら歓迎してやろう。丁重にこの玉座の間に通してやれ」

「ははっ」

 

 命令を受けたモンスター達が散っていく様子を見回して戸惑っている俺に、魔王さまが呆れる。

「案ずるな、貴様に戦いを求めてなどいない。曲もまだ完成していないのであろう」

「ええ……」

「上階に展望用の通路がある。余の戦いをしかと目に焼き付け、曲の礎とするがよい」

「は、はい」


 観戦を命じられた俺は、命じられるがままに階段を上がり、玉座の間の側方上部から、討伐隊の到着を待ち構える魔王さまのお姿を見下ろしていた。


 程なく、扉がギギギ……と雰囲気ありげに開き、魔王様を討伐しに来た『勇者』の一団が玉座の間に足を踏み入れてきた。


「魔王、イアレウス……!」

「俺は過去、お前に村を焼き払われた!仇を取る!」

「今日ここでお前を倒し、二百の国に平和を取り戻してみせる!」

「お前を倒す為に作られた、精霊の加護剣を手に入れたぞ!」


 横一列に並び、口々に魔王さまに、喚く討伐隊の者たち。同時に喋るので良く聴き取れない。上から見下ろしていると、サイドビューのロールプレイングゲームの戦闘画面そのものだ。


「御託はいい、掛かって来い」

 こういう手合いとは何度も戦って来たであろう魔王さまが、面倒そうに手を払う。


「言われずとも!覚悟しろ!エメラルド・ファイアーっ!」

 魔導士らしい女性が緑色の炎を放ち、玉座に座る魔王さまに直撃した。


 しかし、魔王さまは無傷。喰らった緑炎を指先で軽く収束させ、輝く光弾へと変化させる。

「温いな。刮目しろ。これが真の魔術というものだ」


 その指先を女魔導士に向けると、光が閃き。

 次の瞬間には、魔導士の姿は一瞬で燃え上がり、蒸発していた。


「うわあ……」思わず声を漏らす俺。

 敵には一切容赦しないって事は判ってたけどさあ……。


「エ、エリーネぇぇぇ!」

「シャリフ!迂闊に飛び込むな!」


 大剣を構えた屈強な男戦士が飛び込み、魔王さまの、紫の髪がぶわっと広がり、幾つもの鋭い針となり、その身体を刺し貫いた。


「シャ、シャリフー!」三人目が叫ぶ。


 戦いというよりも一方的な虐殺だった。


 流石にグロいので目を背けている間に、もう一人もやられ、残された一人の若い男がが片腕を抑え、歩み寄ってくる魔王さまを睨み上げていた。


「まあ、ここまで乗り込んで来た事は褒めて遣わす。余の配下になるのであれば命は助けてやるぞ」

「……くたばれ。誰がそんな真似を……」


 あちゃあ……、魔王さまの折角の申し出を断っちゃって。


「小癪な口を叩く……余が直接手を下すにも値しない」


 鼻白んだ魔王さまが指を鳴らすと、玉座の隅々に配置されていた魔龍の像が動き出し、彼は無残に食い散らかされてしまった。


「死体はアーベンクルトの首都に放り込んでおけ。残った分だけでも」


 そういう事するから恨まれるんですよ魔王さま……。

 

 やばい。この魔王、本当に強い。

 だけど、これ程に凄惨な戦いを目の当たりにしたのに。


 俺の感情は動かなかった。


 暴虐の限りを尽くす魔王に、敵として相対する立場ではなくて本当に良かったと、心から安心していたのだ。


 本物の殺戮で流れた血は、この魔王の雄姿に相応しい旋律のイメージを湧き起こしてくれてもいた。

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