第4話 魔王さま、部下に甘すぎる。

 それからと言うもの、俺は毎夜、ギターを片手に、とりあえず自分の知っている曲、歌を魔王さまに披露していた。好みを探る為である。


 どんな曲が魔王さまの好みに刺さるのか見当もつかなかったし、数打ちゃなんとかなろうという試みは、魔王さまの趣味嗜好をかなり把握しつつある。


 とりあえず短調、マイナーコードを多用するのがマストである事が最初に判った。


 ルート音に対して短三度、完全五度……詳しい解説は置いておくとして、とにかく『暗くて格好良さげな』感じ、更には、セブンスコードも多用した不安定な怪しい曲調……有体に言えば、やっぱり『ラスボス感』が強い曲が良いらしい。



「――流石である。今までもアーベンクルトから音楽家を連れて来させていたが、ここまで多種多様な音楽を知る者は居なかったぞ」


 そりゃ中世っぽい異世界にドラムンベースとかトランスとかは存在しないでしょうね。そして、その音楽家たちの末路については聞かないでおきます。


 ちゃんと目的に沿った発言をしている限りは、魔王さまは人の良い……人? まあとにかく、落ち着いた言動を取る常識人だった。


 どうせ作るなら魔王さまの思想や経歴も全てテーマやモチーフとして盛り込みたい、と頼むと、嬉々として二千年前に魔界の深層の混沌から生まれたこと、邪神ヘルギデウス配下の将軍として、神界との大戦争に参加した事などを語ってくれた。


「大天使の羽根をもいだ時の話はもうしたか? あの時は楽しかったな……」


 ちっちゃい時にトンボの羽根をむしったみたいなノリで話す事柄じゃない。


 楽曲自体の方向性は早々に定まったので、俺は次の問題に取り掛かる。

 演奏する楽団のメンバーを、怪物たちの中から見つけなればならなかった。



 モンスターの中には、楽器をデフォで所持している者も居る。そうだね。皆ご存じ、竪琴で有名な、ラミアさんだ。上半身は女性丸出しで、下半身は蛇。

 楽器を扱える上、人語も操るコミュ力があり、目の保養にもなる逸材を、我が楽団に編入する為、俺は始めてのスカウトに乗り出した。


「嫌です。私の竪琴は私たちだけの為だけにあるものですわ。下賤な人間の曲を弾く為にある訳じゃございませんことよ」


 断られた俺は、魔王さまに泣きつく。魔王さまの命令なら聞くんじゃ……。


「余の配下には自主性を尊重させているし、ラミア族は誇り高い種族だ。その竪琴は代々引き継がれ、一族の魂とも言えるもの。無理に弾かせれば、彼女らは力を失ってしまう」


 だそうです。


 じゃあインプ! ほら、角笛! 少なくとも俺の知ってるゲームでは吹いてる!


 悪戯好きの性悪な連中だった。俺の言う事を聞くつもりは全くないらしく、俺が何かを言う度に、パープーパープー笛を吹く。やかましい、捻り潰したい。


 城内を駆け巡り、様々なモンスターに掛け合ってみるが、楽器を扱えそうな目ぼしいモンスター達には取り合ってすら貰えなかった。劇伴という概念がまずないらしく、彼等の音楽は、専ら敵対する人間を攻撃する為のものだった。


 そしてそれ以外のモンスター達には、そもそも音楽そのものを理解する者が居ない。前途多難にも程がある。



「はあ……」

 途方に暮れて、玄関大広間の、邪龍か何かの像の前に腰掛けていると。


『がおー?』

「ああ……思ったより大変だよ……俺の話してる事、判る?」

『うごー』

 軽く頷いているので、理解はしているらしい。


 俺がこの世界で目覚めた時に、魔王の元へと運んだ薄緑色の巨人が、物問いたげな様子で声(?)を掛けてきた。ギガース? トロール? ヨトゥン? 詳しくは知らないけど、とにかく巨人だ。


 その手はクソでかいし、ぶっとい四本指ではまともな楽器は扱えないだろう。しかし、俺は戯れに、リズムを取らせてみる事にした。


「足踏みしてごらん。二回。ほら、ドンドン」

『ふごご』


 どん……どん……。

「もっと早く。ドンドン!」

 ドン、ドン。

「あとは一定の間隔で、ドンドン、ドンドン。そして手拍子」


 ドンドンパン、ドンドンパン。

 どこかで聞いた事のある初歩的なリズム打ちだが、巨人の体躯で行うと、とんでもない轟音と迫力があった。


 ズドンズドンバァン! ズドンズドンバァン!


 地響きの様に城を揺らす爆音に、何事かと他のモンスター達が集まって来た。興味を惹かれたようで、リズムを理解したモンスター達の足踏みや手拍子が次々と加わり、重なっていく。手が無いものも居るけど。


 共鳴していく律動に、楽し気に身体を揺らす者も現れ始め、打ち鳴らされる音は更に高まっていった。最も原始的な、音を楽しむ感覚が、彼等の中に芽生えた瞬間だ。


「おっけー、おっけー、ありがとう皆!」

 俺は手を大きく振り、止めるように促す。

 

 モンスター達は俺の『指揮』に従い、リズムを止めた彼等は、静かになった玄関大広から散り散りに去っていき。

 最後に残っていた巨人は、まだ愉快そうに身体を揺すっていた。

 

 ほんの僅かの間、一番シンプルなリズムではあったけど、この一瞬、確かにモンスター達と俺は、何かを共有できた、という高揚感があった。


 あくまでも目的の為の手段だけれども、彼等と音を紡げるようになる事も、俺のモチベーションになりそうだ。

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