第二楽章 フル・コーラス

第6話 魔王さま、説教する。

 魔王さまと討伐隊の一戦は、俺の創作意欲を蘇らせ、たぎらせた。


 モノホンの魔法が飛び交い、血と汗と涙……あと肉片が舞い散る死闘を眼前にし、俺のインスピレーションは大いに刺激を受けたが、それを自在に実現させるだけの技術は持ち合わせていないし、そんな才能が俺にあれば、音楽で食っていく道を目指していただろう。……弟のように。


 俺がDTMや作曲の初歩を教えた弟は、正に天才だった。


 弟が初めて作った曲は、あっと言う間に動画サイトで人気を博して、大勢のファンとそれなりの収入を得る。これがまた弟の出来の良さの現れで、その収入をしっかりと家庭に還元するという優等生親孝行ムーブを、完璧にキメた。


 両親はそんな弟を誉めそやし、更なる才能を見出す為に、音大に進学させると息巻いた。顔も才能も、人格も良い弟と比べられ、歯牙にもかけられない不出来な兄は、ごく普通の大学でごく普通の成績を収め、ごく普通の社会人として社会に放り出され。


 効くかどうか定かじゃない健康器具を年寄り相手に売りつける営業、を務めていたこの数年間というもの、夜な夜な繰り返す作曲の真似事だけが生き甲斐だった。


 ホントに何で俺なんですかねえ。弟だったら軽くこなせただろうに。


 と、いう様なことをつい愚痴ると、魔王さまから


「どんな神であろうとも、過去は変えられぬ。何をしてきたかではなく、何を成さんと志すのかで、その者の運命は決まっていくのだ。機はどの者にも平等にある」


 と、いう有難いお言葉を頂戴した。実際に神とタイマンで殴り合ったという魔王さまが仰るので説得力がハンパない。まさか世界征服を企む魔王に人生観を諭されるとは思いもしなかった。というか悩みのスケールが違い過ぎてもう。


 でもそれって、その力を持ってるからこそ言える論理ですよね?


 まあ、それはともかく、次の新月まで三週間。


 死への恐怖が無いと言えば嘘になるが、それ以上に、降って湧いた機会。凡才は凡才なりに、自分の全てをぶつける覚悟も出来ていた。魔王さまの為ではなく、リシャの命を救う為でもなく、自分自身の中に後悔を残さないように。


 

――――――――――――――――

 

 一つ一つをしっかりと片付けたいのは山々だが、日中は楽団員のスカウトや教育、使えそうな楽器の発見と補修。そして夜には曲作り、というそれなりに忙しい毎日を過ごし、最初の一週間は過ぎていった。


 肝心要の曲についてだけど、これがさあ……もう本っ当に難しいの!

 

 正直、最初は元の世界に実存している名曲からパクれば良いやと考えていたのだけれども。


 流石は魔王さま、ある種の精神交感能力をお持ちになっていらっしゃるらしい。言葉を話せない海千山千のモンスター達を率いる為には必要ですよね。


 俺が少しでも何かをパクろうと考えていると

「貴様、それは他のヤツだな」

と一瞬でバレるのだ。


「余はあまねく世界で唯一無二、絶対の存在である。他の何者でもない、余の為だけの楽節を創造するのだ」


「軽くおっしゃいますけどねえ!」

 俺は遂に言い返した。軽く逆ギレだ。


 完全に独自オリジナルの旋律や音なんて滅多にできるもんじゃない。楽器もコードも技術も限られているし、俺が意図してないところで勝手に真似てしまってる可能性があるじゃないか。あらゆる組み合わせは、いつか、どこかの誰かが大体やっているのだ。そこんとこを理解して頂きたい。


「だいたい、全ての芸術は模倣から、って言うでしょうが!」

 名台詞を知らないのかよ。

「知らん」

 知らないって言われた。


 あの映画のあの音楽の感じとか、あのゲームのあのボスの感じとか、ありがちな模倣を封じられた俺は、それでもなんとか魔王さまっぽいフレーズを積み重ねて、曲としての体裁を整えていったのだった。



―――――――――――――――――――――


「よう! 作曲の調子はどーよ? アガるのをびしっと決めてくれよなっ」


 城内を奔走していると、慣れ慣れしく話し掛けられ、俺は振り返った。


 こいつの名はヴァンドラ。いわゆるヴァンパイア。

 漆黒の貴族風の衣装に身を包んだいかにもな吸血鬼である。

 だいぶ高位の魔物に属するらしく、実年齢は俺と十倍も違うが、その振る舞いは口調は軽薄極まりない。背格好も俺とほとんど同じだ。悔しい程の美男子という点を除いては。

  

「それはあんた達次第だっての。ちゃんと練習してる?」

「血を吸うばかりじゃなくて、息を吹けるってのも見せてやんよ」


 どういう理屈だそれ。ヴァンパイアジョークなの?


 トランペットを担当するヴァンドラは銀髪を華麗に靡かせて、最高に悪い顔色でにこやかに笑い、俺は曖昧に笑い返した。こんなんでも貴重な人手だ。


 こいつも含めた、イアレウス魔城楽団のメンバーは順調に集まっている。


 双子のゴブリン、ゴブ太とゴブ郎は二匹で一つのコントラバスを担当する。

 判る? コントラバス。でけえバイオリンみたいな弦楽器。二匹で操弦と弾弦を同時にるとは恐れ入った。


 最初に俺を運んだ巨人トロール(ハル子はトロりんと呼んでいた)は、ティンパニに目覚めたらしい。何しろ棍棒を年中振り回している連中だ。棒を振り回すのが楽しくて堪らないのは納得できる。力加減にまだまだ問題があり、既に四つのティンパニをブチ破っているのはどうにかしてほしいけど。


 最初は人型……とは言わないまでも、せめて何かを握れる程度に器用なモンスターばかりに着目していたが、そこは魔法の世界。結構何とかなってしまう。納得できない?うん俺もよくわかんない。けど、とにかく皆、楽器を扱う能力があるみたい。


 ただ、狼の魔物・ハウンドが、その犬丸出しの前脚でマレット(木琴等をたたく)を器用に振るいだしたのには流石にびっくりした。魔法の力ってすげえ。

 

 俺が自分で任命した者も居れば、あちらから志願してきた者も居る。


 種族の壁をいとも容易く乗り越え、一癖二癖どころじゃない個性の権化たちが集まった楽団は、間も無く始動する。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る