第一章 4 世界一美しい吸血鬼です


「さて、いい時間だな。文芸部、解散!!いやぁ、芽衣のためにもう少し早く終わろうかと思ったが結局いつも通りになってしまったな!はははは!!」

「はははは!じゃないでしょ!ちゃんと時間管理してよ!」

気づけばあっという間にその時間がやってきてしまった。いつものお別れの時間。

いつも通りのはずなのに、なぜか少しだけ前よりさみしく感じてしまう。

あの夜もそういえば、そうやって笑って別れたんだろうなと思いながら……。


「どうした芽衣、さみしそうな顔をして!あれか、もしかして私とお別れになるのがそんなに辛いか?

心配せずとも来週火曜日にまた会えばいいだろう!」

「部長、それなら芽衣はあなたとじゃなくて"私と"だと思うんだけど!」

「あはは…なんでもないから、柚葉ちゃんは心配しないで。」

こういう時、柚葉ちゃんはどうにも鋭い。でもまさかわたしが"一度死んでしまっていた"なんていうことを気づくことはないと思いたい。

もし、そうなってしまったら日常が壊れてしまうだろうから。

「また来週、な!」「ね!」

そうして、わたしは部室を出る。部室棟の奥にある長い廊下を歩いてから、学校を出て家に向かう。


学校から家までは近いけど、よく知っているはずの帰り道は何故かまるで知らない道のようだった。

一体、どこを通れば家に帰れるんだろうか。

道が暗くなってきているから迷っているんじゃないかと思っていたけど、暗くなっている道を歩くことくらいはあったはず。

「あれ、ここどこなんだろう……」

気づくと見た事のない道に入って、どことも知れない所にいた。

つまり、迷ってしまっていた。

まさか知ってるはずの帰り道で迷子になってしまうなんて。


と言っても、葉月ちゃんに電話して帰り道で迷子になってしまったなんて言ったら、流石に信じてもらえないよね…。

そんなことを考えながら、なんとか知っている道に辿り着けないか右往左往してみる。

気づけば10分ほど、よく知らない道をうろうろし続けていた。もう誰から見ても迷子だろう。

途中いくつか知っている景色が見えた気がするけど、それでも脱出は出来なかった。

こうなれば最終手段…と葉月ちゃんに電話をかけようとスマートフォンを取り出すと、誰かに肩を叩かれた。


驚いて振り返ると、そこには背の高い女の人が立っていた。

暗くなってきて顔もうっすらとしか見えないけれど、とても目立ちそうなウェーブのかかった金髪が目立つ人だ。

「あなた、芽衣さん、ですよね。」

「あの、どうしてわたしの名前を…?」

「詳しい話は後で話します。とりあえずこちらに」

訳が分からないまま、よく知らない女の人に案内をされる。ストーカーだったらどうしよう……。

そう思いながらも、何故かついていってしまうような魅力がその人にあった。

「…そうですね、芽衣さん。アマリリスの花の花言葉は知っています?」

彼女はウィンクをしてみせながら、そう聞いてきた。何かの本で読んだはずだ。

「えっと…。確か、『誇り』、『輝くばかりの美しさ』!」

「正解です。いい言葉でしょう?改めて自己紹介を。わたくしの名前はリリス。世界一美しい吸血鬼です」

彼女…リリスさんは金色のきれいな髪を手でかきあげながら。そう、名乗った。


リリスさんに案内をされると、そこは少し質素な一軒家だった。

学校へ向かう道からは反対の、たまに買い物に向かう時に通るような住宅街。おそらく、リリスさんの家だろうか。

「着きました。わたくしの家です。さあ、上がって上がって」

「え、大丈夫なんですか?」

「遠慮なさらず。あなたがリア……カメリアの眷属であるということはもう知っていますから。それに色々と話せない事情もあるでしょう?」

さっきは少し変わった人?なのかなと思ったけれど、この人はいい人そうだなと思った。もしかしてカメリアさんとも知り合いなのだろうか。

彼女が家の電気をつけると、うっすらとしか見えなかったリリスさんの顔がはっきりと見える。

確かにきれいな人だった。ぱっちりとした睫毛の長い目に、すっきりと鼻筋の通った鼻に柔らかそうな唇。

スタイルもかなり良さそうで、その顔立ちもあいまってどこか妖艶な雰囲気を醸し出していた。

「リアは言葉足らず過ぎますからね。……それにしても。何があってそのようなことに?」

「それなんですけど……」


これまでにあったことを、リリスさんに全て話してみた。自分が死んでしまったこと、死んで生き返った後はどうやら吸血鬼になっていたこと。味覚が変わったこと。

この何日間かで色々なことがありすぎたけれど、出来るだけ全部包み隠さず打ち明けた。

「まったく。何の目的があったか知りませんが、まさか人間の女の子に血を分け与えるなんて何を考えているのやら」

「えっと…わたしって血を分け与えられたんですか?」

「リアってばそれも説明してなかったんですね……。」

わたしがそう言うと、リリスさんは一瞬目を丸くした後、ばつが悪そうに頭を抱えていた。

「さて、あなたは人間が吸血鬼になる条件、といえば何だと認識していますか?」


その質問に思わず面食らってしまった。確かに"それ"に心当たりはあるけれど、あくまでそれはファンタジーの話だ。

リリスさんは"現実"の存在であって、あくまでファンタジーの存在ではない。

「あら、答えられませんか?それとも少し不安になって?大丈夫ですよ。間違っていたからって何も責めたりはしません」

「これ、ファンタジー小説で読んだ設定なんですけど……」

そうやって前置きをしてしまったけど、リリスさんはうんうんとうなずきながら聞いてくれた。

「具体的には、吸血鬼に血を吸われると吸血鬼になる、というものでしょうか」

それを聞くと、リリスさんは少し考え込むような仕草をした後。

「なるほど。そのように伝わっているのですね。ある意味、近くはあるのですが少しだけ違います。

血を吸われるだけでは吸血鬼にならず、その力の一部を与えられ、吸血鬼に魅せられる"眷属"となります」

眷属、という言葉自体は聞き覚えがある。けれど、吸血鬼になる、というのとは少しニュアンスが違ったような気がした。

「眷属は一生をその吸血鬼に捧げることになりますが、同じ吸血鬼の同胞になるともなれば、それは長い時を生きるということになりますから。

吸血鬼の寿命は人間よりも圧倒的に長いです。ですから、血を分け与えて吸血鬼の同胞にするというのは、

その眷属をよほど愛してでもいなければしないはずなのです」

急に、どれだけ重大なことが起きたのかというのが実感として襲い掛かってくる。

一体、彼女は。カメリアさんは。何を考えてわたしを同じ吸血鬼にしたのだろうか。


「と言ってもあなたはまだ人間と吸血鬼のハーフに近い状態…半吸血鬼とも呼べる状態ですから、完全な吸血鬼ではありません。

しかし、いずれ吸血鬼の血が馴染み、完全な吸血鬼となるでしょう。そうなれば、人間よりもずっと長い時を生き続けることとなります」

リリスさんから言われたことは、どうも現実感がなかった。

あまりにも唐突なことすぎて、頭が受け入れることを拒否しているようだったのだ。

「もっとも、カメリアにも何か目的があるというのは事実でしょうから、それはいずれ彼女から明かされるでしょう。

しかし、あなたにはそれを拒絶する権利もあるはずです。もしそうであれば、あなたを人間に戻す提案もいたしましょう」

「わたし、人間に戻れるんですか?」

そう言うと、リリスさんはそっと目を伏せる。どうにも、言いづらそうにしているというのはすぐにわかった。

ただ、それでもなおリリスさんは意を決したように、わたしの方を見て話を再開する。

「あなたは一度亡くなっているそうですね。あなたの記憶が正確であれば、その傷はただの人間にとっては致命傷以外の何物でもありませんから。

先ほど帰り道を迷っていたということは、死のショックによって記憶が一部欠落しているということでしょう。それ自体はすぐに戻るでしょう。しかし…」


「ならば、あなたが人間に戻るということは、つまりあなたが死した状態に戻るということ。

あなたは今、吸血鬼の心臓で命を繋がれている状態です。その心臓が抜き取られる、あるいは破壊されればあなたは人として死ぬことになります。」

はっきりと、明瞭すぎるほどに明瞭すぎる言葉で真実を告げられて、やっと自分が今どうなっているのか実感してしまった。

やっぱりわたしが一度死んでしまったのは悪い夢でもなんでもなくて、人としてはもう死んでしまったのだと。

「少々、刺激が強すぎましたか。けれど心配しなくても大丈夫ですよ。たとえ人であろうとも吸血鬼であろうとも、芽衣さんは芽衣さんですから。」

そう言うと、リリスさんはわたしを抱き寄せ、頭を撫でてくれた。彼女の手の感触が頭に伝わるたびに、気分が落ち着いていく感じがする。

同時に、その匂いにどこか懐かしさのようなものを覚えた。

リリスさんは初めて会ったはずなのに、何故かデジャブのようなものを感じていた。


「そういえば、リリスさんはカメリアさんとはどういう関係なんですか?」

「初対面相手にそれを聞きますか?」

「もしかして、ダメでしたか?」

「いやいや、大丈夫ですよ。と言っても、リアとは故郷で一緒に過ごした仲というくらいですけれどね。特に面白いことはありません。

あえて言うなら幼馴染というところですが…わたくしの方がリアより30年ほど早く生まれていますね」

「幼馴染なのに、そんなに歳離れてるんですか!?」

「ええ、吸血鬼の感覚では30年はそう長い年でもないですよ」

寿命も違うなら、時間の感覚だって違うんだろうな、と理屈ではわかっていても、改めて言われると全然納得が出来ない。

もしわたしが完全な吸血鬼になったら、30年が短く感じるくらい、長く生きることになるんだろうか。


「…さて、話し込んでしまいましたね。さて芽衣さん、携帯電話は持っていますか?」

「も、もちろん持ってます!」

するとリリスさんは持っていたメモ帳を一枚破き、ボールペンで何か文字のようなものを書いて渡してくれた。

「わたくしの連絡先です。あなたと会ったことはリアにも話しておきますから、いずれリアの方からも連絡がくるでしょう」

よく見ると、そのメモは2枚あり、2枚目は白紙だ。

意図を察したわたしは、そのままそのメモに自分の携帯番号を書き、リリスさんに手渡した。

「このような古典的な方向ですみませんね。どうも400年以上も生きていると、技術の進歩にはなかなか追いつけないもので…

最近はメッセージアプリなども出ているらしいですが、どうにも使い方がわからなくて」

「いえ、全然そんなことないと思いますよ!?」

「そうですか…?あのリアでもメールと電話くらいは出来るので、そうでもないかと思っていたんですが…」

リリスさんは少し困ったように笑っていた。


「また、困ったことがあったらいつでもお願いしますね」

「はい!」

少し頼れる人が出来て、安心できる気がした。

もう遅い時間だし、流石に葉月ちゃんに連絡してから帰ろうかな。

そう思ってスマートフォンの電源を付けようとすると、

「……あっ」

電池が切れていた。そういえば、あれからずっと充電してないんだった……。


リリスさんの家を出てから、自分の家を目指すとさっき迷っていたのは何だったんだろうというほどに、驚くほどスムーズに辿り着いた。

「ただいま葉月ちゃん、遅くなっちゃった!」

3日ぶりに自分の家の玄関を開ける。あんなことがあった後に、初めて家に帰ったものだからものすごく久々に帰ってきた気分だ。

そして帰ってきた途端、ドタバタとものすごい足音が近づいてくる。するとそこにいたのは葉月ちゃんだった。

「もう芽衣ちゃんてば、こんな時間まで何してたの!それに連絡入れてたのに何で返事なかったの!?晩ごはん食べ終わったらあとはお説教だからね!」

「スマホの充電切れててーー!」

「そうだ、怪我の調子はどう?」

「へ?」

「怪我っていうか、事故にあってそれまで入院してたんでしょ?」

一瞬葉月ちゃんの言葉に困惑して、すぐにどういうことか理解する。自分の家では"そういうことになっている"んだと。

「あ、うん。大丈夫だよ!もう動いて大丈夫だって!」

「そっか、それなら良かった。ほら、早くご飯食べて」

もし、家族である葉月ちゃんにまで自分が"化け物"であることが知られたら、この家でまだ暮らしていけるのだろうか。

何も聞かれなかったことに安堵しながらも、葉月ちゃんまで欺いているようで、どうにもそれについてはあまり気分が良くなかった。


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「芽衣さんと会ってきました。」

「手が早いのね。芽衣に何か変なこと吹き込まなかった?」

「それはこっちの台詞ですよ。リアったら、口下手なのはいいけどもう少しあの子を怖がらせないようにしてください」

「リリス、あなたはいちいち細かいのよ」

「さて。まだあなたには聞きたいことが山ほどありますが。」

「……何?」

「何故、あなたは人間の女の子を吸血鬼にしようとしたの?」

「…その答えはいずれ出るはずよ」

「はぁ、相変わらず。ごまかすのは得意だこと。けど忘れないでくださいね。

あの子の日常を守るためにどれだけ奔走させられたか。とはいえ、約束は必ず守ってもらいますからね」

「ええ。そのくらいの義理は果たすわ」

「忘れないように、もう一度言いますね。これは大事なことですから」


「"咲坂芽衣の日常は必ず守る"」

「……ええ、必ず」

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