第35話 取引

 俺達は動けなくなった斥候達を縛り一か所に集める。

 数は50名程、怯える表情をしてる者が多いが中には冷静にこちらを見る者も居た。


「えーとりあえず、君たちは捕虜として捕えます。抵抗されない限り命は取りません」

 そういうと少しは落ち着いたのか皆こちらを見る。


「この中で話の出来そうな人が居ればありがたいんだけど、立場のある者はいるか?」

 そういうと先程気になった慌てずにこちらを見ていた者が口を開いた。


「私はこの者たちを纏めていた。これから我々はどうなる」

 女か? 元居た世界では女性が兵士として存在するのは稀だと思っていた。

 存在はするが圧倒的に男が多かった。

 しかし魔法が存在するこの世界でも戦う女性は居るらしい。


「帝国から責められる時に一番警戒してたのが君たちのような偵察部隊だからね、戦争が終わるまでは捕虜として扱わせてもらう。勿論衣食住は提供するよ、自由に行動させられないのは申し訳ないけど」

 俺達は王国というかデサリアに協力する身だが、指揮権に入っている訳では無い。

 この世界での捕虜の扱いなどは全く知らないが、不用意な犠牲は避けたい。

 俺達の村で落ち着くまでは捕えさせてもらう。


「それは破格だな、死罪で無くても良くて犯罪奴隷だと思っていたが」

 どうやらこの世界では捕虜という概念はあまり無いようだ。

 立場のある貴族なら取引材料としても使えるのだろうが、兵士は基本奴隷落ちさせてしまう。

 術式契約で反逆される危険が無い分この世界ではそれが都合良いのだろう。


「一応言っておくけど、俺達は王国寄りの立場として協力してるけど戦争を止めたいだけだから。勿論下手に抵抗したりこちらに危害を加えようとしたら別だよ」

 俺はあくまで第三勢力、その立場は強調する。

 どこかに属して力になるのは御免だ。


 レオやビックスのような人間ならまだしも、欲深い権力者はどこにでもいるだろう。

 命を命とも思わぬ輩が。

 そんなものに利用はされたくないし、同類にはされたくない。

 あくまで俺達は俺達として活動している事を強調する。


「あれだけの力があれば、国であろうとも対等な関係を取れるか。それにこの森の異常な広がりもお前の仕業だろう」

 捕えられているというのにあくまで冷静で対等に会話をしてくる。

 意外とこの人は話が出来るかも知れない。


「そうだけど、すまなかった。まだ名前を名乗っていなかったね、俺はハルキだ。未開の森で村長をやっている」

 そういうと兵たちから驚きの声が上がる。

 流石の女性も驚きを隠せない。


 あまりにも凶暴な魔物が蔓延る未開の森。

 資源が豊富でも、森の中で人間が領土を広げるには全滅も覚悟するほどの犠牲が必要になるだろう。

 S級、災害レベルの魔物まで普通に存在する地域なのだ。

 その森で村を作り生活しているという事実はこの世界の常識ではありえないのだ。


「あの森で……ハルキ殿、私はエレンという。一つ聞かせてくれ」


「なんだ?」


「何故敵と対話をする? 普通は情報を聞きたいなら尋問や拷問を行うし、必要が無いなら奴隷落ちか殺せばいい。今我々と会話をする目的はなんなのだ」

 エレンは疑問をぶつける。


 俺はこの世界の常識なんかは知らない。

 敵となれば命ですらない、虫のような扱いをする弱肉強食の世界なのだ。

 捕まったら最後、人として生きる事も叶わないのだろう。


 それでも今ハルキはエレンと対話している。

 エレンは対等の立場で話をしているのに、それに対する嫌悪感さえ感じない。

 だから不思議だったのだろう。

 あくまで命乞いをするつもりもないが、それでもエレンは聞かずにはいられなかったのだ。


「さっきも言ったけど、目的は戦争を防ぐこと。俺は別に命や領土が欲しい訳じゃないし、その為に君たちに危害を加えたのだって申し訳ないと思っている。虫のいい話かな、こんな事をしでかして、それでも協和を求めるのは」


「わからないな、そんなことをして何になる。我々がそちらに捕まった時点で終わっているのだ、こちらに選択肢など無い。第一我々は王国を侵略しているのだぞ」


「だから俺は別に王国の人間じゃないって。これ以上争いが広がらない様にしたいだけ。わからないかもしれないけど、それでもいい。俺は争いが嫌いなんだ」

 俺がそう言うと一緒に来ていたルビーたちが笑いだす。


「エレンさん、ハルキはそういう人なのよ。理由も何も、人を救いたい、それだけだから。頭で考えても無駄よ」


「兄ちゃんらしいけどなー俺は好きだよ!」

 ルビーもリュウも馬鹿にしてくる。

 まあその通りだけど、そんなに変な事なのかとも思う。


「そうか、考えても無駄なのだな。ハルキ殿、では我々は捕虜として同行するよ」

 エレンがそういうと、怪我をした足を引きずり起き上がろうとする。


「あ、すまん、怪我治してなかったな」

 俺は捕虜として捕まえた者達に聖属性の魔法を掛ける。

【エリアヒール】とでも名付けよう。


 そういうと捕まえた兵士がより一層驚いた表情でこちらを見る。


「……ハルキ殿。我々が逃げるとは思わないのか?」

 エレンは敵兵を回復するなど聞いた事もないという。


「別に逃げるなら捕まえるだけだしな」

 俺はさも当たり前のように答える。


「頭で考えても無駄か、ハルキ殿を理解するには時間が掛かりそうだ。規格外の回復魔法も当たり前なのだろうな」

 フフッと少し笑うように言うエレン。

 何か馬鹿にされてない、俺?


「ハルキ殿、話がある。今は捕虜でもいい。もしハルキ殿が私たちを信頼できる時が来たら、味方として雇っては貰えないか」


「いいのか? 俺はお前たちの敵だぞ?」


「元より我々はもう死んだ身なのだ、帝国に戻っても犯罪者扱いで奴隷落ちが関の山。それならハルキ殿の理想を共に追いかけた方が、面白そうだ」

 捕えられた者が意味もなく無傷で返されてもスパイか何かだと疑われるのだろう。


「協力してくれるならありがたいが、今は村人の長だからな。皆が信頼できるまでは捕虜として扱わせてもらう、すまないな」


「皆もそれでいいな?」

 エレンが捕まっている者達に問うと、当たり前のように肯定する。


「エレンは随分信頼されてるんだな」

 人望を集める程の人物なのだろう、この様な状況でも逞しい彼女が仲間になれば心強い。


「じゃあとりあえず、俺達も動くか!」

 リュウとルビーに声を掛け、各々の働きをし始める。

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