第33話 ビックス=ウォーマット
目の前の領主、ビックスは若くしてこのデサリアを任される有能な貴族だった。
凝り固まった貴族達よりも柔軟な考えを持つビックスにレオは好感を持ち、小さい頃から剣術の指南なども行っていたようだ。
かくいうビックスも師匠であるレオを崇拝し、レオが国を出た件も師匠ならと理解していた。
その師匠が戻ってきたと思えば、デサリアの危機を回避する方法を提案して来た。
それも夢か物語のような話だった。
「どうもハルキ君、僕は領主のビックス=ウォーマット。レオ様の弟子みたいなものだよ」
貴族らしからぬ態度、平民に対しても礼を忘れぬ姿に俺は好感を持った。
「ハルキです。ビックス様、今日は例の件の報告に参りました」
礼には礼を。
元々貴族だからと敬う気持ちはないが、それでも目の前の人物はきちんと礼を尽くしたいと思える相手だ。
しっかり頭を下げ、挨拶を済ます。
「ビックスでいいよ、ハルキ君。こちらも視察させてもらったが、まさか本当に森を増やすなんてね」
最初にレオから提案されたときは話半分に了承したが、実際に手の者を視察させると本当に国境の間に森が生まれていた。
ビックスはその話に驚いたが、今はこちらに協力してくれているのだ。
下手に敵に回さず、しっかりと歓待する気持ちになっていた。
「こちらから提案した話ですしね。既に魔物避けの柵は設置してますので、デサリアに襲い掛かる魔物は居ないと思いますが、一応警戒の兵だけは用意して置いてください」
俺は万が一でも無いとは思っているが、それでも安心しきれないだろう街の人の為にお願いする。
「元々帝国に対する防衛は進めていたから、今と変わらず気を付けるよ。それでこの森の魔物についてなんだが、どういう魔物が住み着きそうかな?」
防衛の為に森を広げる一番の目的は、魔物を住み着かせること。
ただでさえ理解不能な現象に魔物を相手どらなければたどり着けなくなる帝国兵は、そう簡単にこちらには手出し出来なくなったであろう。
それでも弱い魔物だけならば、時間稼ぎにしかならないかもしれない。
「一番多いのはウルフでした。元々強い魔物の住む未開の森ですし、住処が広がったことで数が爆発的に増えています。そしてウルフを餌とするために上位の魔物が移り住み始めているのを確認しました」
俺は簡潔に説明する。
未開の森に住む魔物は低ランクから最上位ランクの魔物迄様々だ。
国周辺に現れてしまえば災害級の魔物でさえ、森では捕食される側に回る者さえいる。
そんな魔物が少しでも危険を避け、餌もある新たな地が出来れば移動するのは簡単な話だ。
「ふむ……資料によればヘルベアーやデーモンスネイクも居るようだが……この魔物達が街に来る危険性は?」
この二匹、ランクで言えばAランク。
ココ達が倒したアースドラゴンはSランクなのでそれよりは下だが、Aランクの魔物でも国やギルドが緊急指令を出し討伐隊を組むような相手なのだ。
「まずないでしょう。我々も森に村を構えていますが、魔物避けの柵を嫌がるためかまず近寄ってきません。下手に刺激を与えて引き連れようとしない限り、生活に困らない森から柵越えなどしないでしょう」
これは俺の実体験からの話であるが、それを実感するまではしっかり心の安定の為に警備兵などで安心を街の人たちに伝え続けてもらいたい。
「それと魔物避けの柵に使われる薬草も寄付させてください。どうやら森の拡大に伴い貴重な植物が広がっているようです。警備する者や余裕のある強い者達に分け与えて採取なども考えて頂けると王国に余裕が出来ると思います」
俺は森で沢山自生している魔物避けの草が入った袋を差し出す。
人間にはとてもいい香りなのだが、魔物にとっては嗅ぐだけでも毒になるのだ。
「何から何まですまない。狩りすぎた魔物が戻り、更に安全に貴重な物迄手に入ると分かればすぐに冒険者が戻ってくるだろう。街は今まで以上に発展を期待出来る」
ビックスは精いっぱいの礼をしたいとこちらに話してきた。
これだけの事を行った俺たちを狙う貴族たちが出てくるだろうが出来るだけビックスの方でも止める事を約束してくれた、勿論それを迎撃した際の罪なども無いよう国王に取り計らってくれるようだ。
「では提案させてください。一つは国境までの村から徴兵された人たちを任期満了とし我々の村に移らせて頂きたい。彼らの事を待ちわびてる者達が沢山いるので、それは絶対条件としてお願いします」
「ああ、それは今回の件が片付いたらすぐにでも。我々も危険が減って尚兵を大量に抱え込む余裕が無くて、むしろありがたい提案だ」
「もう一つなのですが、これは極秘にしてもらいたいのです」
「ふむ。ハルキ君の提案だ、必ず協力するとは言えないが秘密は守ろう、いいなカリーノ」
今この部屋には俺とレオ、ビックスとカリーノしかいない。
ビックスに言われたカリーノは部屋に防音の魔法を使い、情報が外部に漏れないようにしてくれた。
「実は今うちの村には、聖竜が居ます」
「なんと、聖竜様が!? 生きていたのか?」
ビックスは驚いて前のめりになる、カリーノも声は出さないが目を丸くしていた。
「今は幼生で、人の姿で俺の家族として暮らしています。そこで少しでも情報が欲しいのです。今家にいるハクは元の聖竜が力を失ったのか、それとも新たな存在なのか。何か成すべきことがあるのか。あまりにも情報がないのです。ハクの身を守るためにも、分かる事や新たに知れることなどを集めて欲しい」
俺は家族の為ならいくらでも頭を下げる。
デサリアを救ったのも俺が1人でも救いたいからだが、聖竜に関するという事は危険なことだろう。
巻き込むのならそれくらいのお返しはしないと俺としても申し訳なかった。
「ハクというのが名なのか。我々としても、帝国が次に何を行うかわからないからな。世界の調和の為に聖竜様が力を取り戻すのは願ったりだ。その願い、引き受けた」
拳を胸に当て、ビックスは誓ってくれた。
こうして話し合いは円滑に終えたのだった。
初めて出会った貴族がビックスで良かったと、俺は心から喜んでいた。
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