第31話 ジャンの誓い

「あの……どちら様ですか?」

 男の子に連れられて入った部屋はどんよりとしてて、そこに横たわる女性が声を掛けてきた。


「いきなり申し訳ありません、ハルキというものです。体調を崩されているという事なので、もしかしたら力になれるかと思い立ちこの子に案内を頼みました」

 俺はさっきまで言い争いをしてた男の子を指し、挨拶をする。

 未だに警戒心たっぷりの男の子は、こちらの動きを逃すまいと凝視している。


「そうなんですね、私はハナ、この子はジャンと言います。ずっと前から体調を崩していて、こんな体勢でしか挨拶出来なくてごめんなさい」

 起き上がろうとするが少し苦しそうに息をするハナを止めて、俺はハナに鑑定を掛ける。

 普段どうしても忘れがちになる鑑定だが、こういう時ほどありがたいと思う能力は無い。


 鑑定で出た状態は相当悪い。

 内臓疾患(中)、血液疾患(大)、風邪、栄養失調。

 医療を受けられていないのだから、余程苦しいだろう。

 それでも息子に心配掛けさせないようにしているのか、笑顔が多く観られる。


「少し魔法を使わせて頂いて結構ですか?」

 俺はハナに聞いてみると、ジャンが目の前に立ちまた警戒しているようだ。


「これジャン! ……すみません、渡せるお金がありません。」

 ハナは申し訳なさそうに断ってくる。


「お金など要りません。対価というか、治ったらお願いはありますが、ハナさんさえ宜しければ回復を試させて頂けませんか?」


 そういうとハナは驚いた様子で、ジャンも同様に驚いている。


「ハルキ様は教会の方ではないのでしょうか?」

 どうやらこの世界には医療という物が余り発展しておらず、回復薬と回復魔法で治療するのが一般的なようだ。


 回復薬はそれなりの値段がする上に病気にはあまり効果が無く、回復魔法は教会で施される為高額な治療費を求められてしまう。

 それ故に効果は高いようだが、一般市民には敷居が高く、特にこの二人の稼ぎ頭である父親は徴兵されてしまっているので夢のまた夢になっていた。


「私はただの村の長です。お願いというのも治ればこの村の人と一緒に私の村に来て生活をして欲しいというもので、お金などの対価は取りません」

 迷ったようにしているハナ。

 いきなりタダで回復魔法を掛けてくれるという提案に驚いてしまっている。


 するとジャンが俺に頼み込んできた。


「回復魔法…使えるのか? 俺はどうなっても良い、この先奴隷にされても良いから、かあちゃんを治してくれ!」

 何故か悪者にされてる気がするのだが、ジャンは自分を犠牲にしてでも治して欲しいと訴える。


「何故だかわからないけどそんなことしないって……それでハナさん、どうでしょうか」

 俺は改めてハナさんに問うと、ジャンの様子を見て落ち着いたのか「お願いします」と一言だけ言ってきた。


 回復魔法は厳密には使ったことが無かった。

 だがトラが魔法を覚える前に加護で使っていた回復のイメージ、それに協会という所では回復魔法が存在している。

 今の俺はイメージした魔法を使えるようになっている為、回復魔法を使えるだろうと思った。


 この部屋に案内される前に自分に対して簡単な魔法を試していたのだ。

 すると手の平が軽く光り、体を癒す感覚があった。

 これを上手くイメージすれば俺でもハナさんを癒せるはずだ。

 トラに頼る事も考えたが、俺が出来るならそれに越したことはない。


 ハナに向けて回復魔法を放つ。

 イメージは再生と温もり。

 体の中を綺麗に洗い流すイメージ、そして体も心も癒される温もりをイメージしてハナさんを包み込む。


 するとハナの表情から辛そうな表情が消え、血色も良くなった。

 驚いたように起き上がるが、先程の苦しそうな状態ではなくすくっと起き上がる。


「かあちゃん!」

 ジャンは久しく観ない元気そうなハナを見て、今にも飛びつきそうになっている。


「体が……痛くない……ああ、ジャン……」

 自分の体が良くなったことを実感したハナは涙を零し、ジャンを抱きかかえる。

 二人が落ち着く迄、俺は黙って見守っていた。



「ハルキ様、ありがとうございます……」

 落ち着いたハナが俺に感謝をしてくる。

 鑑定で見たが、状態が正常に戻っていた為成功したようだ。


「俺は出来る事をしただけなので、気にしないでください。先程のお願いを考えて頂ければそれで充分ですから」

 俺がそういうと、ジャンが頭を下げる。


「ハルキ様! 何も考えずにあんなこと言ってごめんなさい! ハルキ様はかあちゃんの恩人だ、本当にごめんなさい!」

 こんな子供に様付けされるとこちらが申し訳なくなるのだが、この子なりに守ろうと必死だったんだ。

 案内を頼む時にキツイ言い方をしたが、基本家族を守りたいと強く思うジャンには好感を持っていた。


「ジャン、今まで頑張ったね、良くお母さんを守り続けたね。これからも一緒に生きていくために、俺が言ったこと二人でしっかり考えてくれ」

 俺は素直に思ったことを口に出す。


 少なくともジャンは俺よりも強い。

 前の世界では世界に絶望し引きこもってた俺と違い、家族を守る為に頑張ってたジャンは俺には大きく見えていた。


「ハルキ様、俺は今まで力無く誰も守る事は出来なかった。けど、俺は強くなる! かあちゃんもハルキ様も守れるくらいに強くなる!」

 生きる希望を目に宿したジャンの決意は強かった。

 ハナも一回り大きくなったジャンを優しく見ている。


「楽しみにしてるよ」

 否定も肯定もせず、ジャンが成長していく姿を俺も見ていきたいと思った。

 この子が行く未来はどうなるのだろうな。


(【家族の絆】スキルにジャンが登録されました)

 頭の中でそんな声が聞こえて、俺は一人で驚いてた。

 目の前でいきなり変な顔をしている俺を見た二人は、別の意味で驚いた顔で見ていた。

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