第6話 何も無い土地から
「朝だよー! ハルキ起きて!」
ドスッという衝撃がお腹に走る。
何も変わらない朝の習慣、リュウが飛び乗りじゃれてくる。
「おはようリュウ。今日も元気だね」
そんな一言に嬉しそうに笑う顔は、少年の姿になっても変わらない。
ただ少し、重さによる痛みが増したのはご愛敬だ。
いつもは皆の食事を用意して、自分の食事も適当に済ます。
だか今は違う。テーブルに並ぶご飯と家族が目に入ると、現状を実感する。
「さっさと顔洗ってきてね。味噌汁冷めちゃうよ?」
トラは早起きして皆の分の食事を用意してくれたのだろう。
感謝の気持ちをきちんと言葉に表し、さっさと洗面を済ます。
「いただきます」
皆で食べる食事はいつもより美味しい。
ただ生きる為ではない、楽しむ食事。
今までは言葉を交わせなかった家族との時間は、いつもよりゆったりと流れた。
「じゃあココ、ルビー。危なくなったらすぐ逃げてくるんだぞ」
「大丈夫だ、ハルキを置いていくつもりはないからな。食べられそうな物も探してくるよ」
ココとルビーには探索を頼んでいる。
地理の把握と今後の食材、材料になる素材の入手。
魔物という危険に一番近い役割になるが、戦闘と索敵の加護を持つ二人なら安心だろう。
これからの生活の要になる役割を人任せにするのは申し訳ないが、俺は俺に出来る事をやろう。
「じゃあトラ、俺とリュウは外で作業してくるよ」
「私も落ち着いたら手伝いにいくね!」
家事をトラに任せ、リュウと作業をする。
俺はトラと交互に家事を担当することになった。
リュウは生産の加護を持っているが、最初は開拓や防衛などの作業が主になる。
とにかく人手は多い方がいい、三人が主に協力して行っていく。
「ハルキ、最初はどうするの?」
「そうだな、周りの木を切り倒そう。木は材料にもなるし、ある程度土地も広げたい。ある程度木材が手に入ったら、リュウには柵作りを頼むよ。」
「任せといて!」
そういうと倉庫にあった斧や鉈を持ち木を切り倒し始める。
元々山奥に居たため、農具を中心に山で使える道具は一通りあった。
とはいっても本格的に木を切り倒すほどの道具ではない。
しかし今は神様の力により身体能力が増している。
想像よりも遥かに簡単に丸太を量産していた。
この身体能力の向上、まだ全てを把握したわけではないのだが、試してみただけでももはや人間ではない動きが出来るようになっていた。
飛んでみれば平屋の我が家を軽く見下ろせるほどの高さまで飛び、走れば今までの10倍は早く移動出来る。
家具はあまりにも軽く持ち上げられるし、実際倒した木は担いで一か所に運んでいた。
「恐ろしすぎるだろ神の力……」
敬称もつける事を忘れる程の自分の体の変化に、未だに慣れないでいた。
もしかしたら異世界に来たことより、家族が人間になったことより慣れるのに時間がかかるのではないだろうか。
魔力の向上という面はまだ試せていないが、この調子だと恐ろしい事が起こりそうだ。
皆にも注意しておかなければ。
そんな馬鹿げた力を使った俺とリュウは、夕方には家の周り50m程度の木を全て切り倒していた。
自分自身の変化も慣れないが、まだ10歳程度の見た目のリュウが軽々と木を運ぶ姿はあまりにも異質な光景だった。
「そろそろ切り上げるか」と、リュウと話していた時、ココとルビーが帰ってきた。
どうやら魔物を飼ってきたらしい。
引きずる牛のような魔物を鑑定してみると、《ブルホーン》という名前が浮かび上がった。
魔物の強さにはランクがあるらしく、この魔物はランクCと表示されている。
さらには角や皮は道具や装備の素材になる事、肉は食用である事も分かった。
鑑定という能力は何も知らない俺達には貴重な能力だ。
俺にも皆の為に出来る事があるという安心感が、自然に笑みとして出た。
ルビーは数種類の草を袋に入れていた。
これを鑑定すると《ヒールハーブ》《毒消し草》《ソルティハーブ》と表示された。
ヒールハーブは体力や傷の回復に使える。さらにはポーションなどの回復薬の素材にもなるらしい。
毒消し草は言葉通り解毒。ただ料理に使うと臭みを取る効果もあるらしい。
何より朗報だったのはソルティハーブだ。
森の中で塩の入手は困難だ。そのあたりも含めて在庫が切れる前に人里か海を見つけたかった。
しかしこのソルティハーブはまさしく塩の代わりになる。
絞った汁を少し舐めると強い塩気が口を包む。
こういった調味料になる食材を見つけるのも楽しみの一つになった。
ルビーとリュウには先に家に戻ってもらい、俺とココはさっそくブルホーンを解体し、素材と肉に分けた。
初めての解体だったので少し内臓を傷つけてしまったようだが、それでも初心者としては上出来に終われた。
言われていないだけで、そういう能力も授かっていたのだろうか。
ブルホーンと神様に祈りをささげつつ、俺たちも家に入った。
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「おお……!」
お風呂を済ませ夜の食事となった俺たちの前には、立派なステーキがあった。
家の家電や水道ガス電気は何故か元のまま使えるのだ。
これも不思議な話だが、考えてもわからないし有難く使わせてもらっている。
「凄く立派なお肉だったからね、最初はステーキがいいかなって! ルビーが取ってきた毒消し草とソルティハーブの葉を刻んで焼いてみたよ!」
さっそく有効に使用したらしい。
汁を絞ると塩味があるが、ハーブの様に使う発想は流石女性だ。
トラを褒めると早速皆で食べてみる。
一口入れると、皆の動きが止まる。
衝撃。まさに肉の暴力。
先程まで走り回っていたその筋肉の弾力。
噛むと溢れる肉汁は旨味の塊、しかし毒消し草のお陰か爽やかな風味があり全く
普段スーパーで買う肉とは比べ物にならない品質に、俺は固まっていた。
「うまーい! なんだこれ! ぷりっ! じゅわ!」
リュウがはしゃいでいる。
「これは美味いな……狩って来た甲斐がある」
ココも舌鼓を打っている。
「私も初めて肉という物を食べたけど、これほどの物とはね」
ルビーは元々インコだったため、初めての肉に二重の驚きを見せていた。
「トラ、本当に美味しいよ。ありがとうな」
美味しさでステーキを見つめていたトラにそういうと、エッヘンと胸を張り嬉しそうにしている。
女の子らしさが微笑ましい。
異世界で手に入れた食材による食事は、とても美味しかった。
自分達で狩り、解体し、作る。
いつも以上に命のありがたさを感じ、俺は心の中でありがとうと言った。
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