第2話 いつもの家に、知らない子供




 はるき、どうしたの?

 あそぼうよ、もっといっぱいあそぼうよ。

 どこかいたいの?

 ねえおきて?

 はるきがないてる。

 だいじょうぶだよ、はるき。

 ずっといっしょだよ。

 やさしいはるき。

 だいすきなはるき。

 だからおきて。

 ずっといっしょにいるからね。

 だからもっとあそんでね。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





「んん……」


 俺は目蓋をゆっくり開けて、周りを見る。

 いつも寝ている布団の上で寝ていたようだ。



「くそ、嫌な夢を見たな」


 家族を置いて死ぬ夢なんて、最悪な目覚めだ。

 大切な家族を置いていくなんて、そんな悲しい事。



「夢でもいやだ」


 気がついたら泣いていた。

 頬を伝う水滴を払う。涙なんていつ以来だろう。


 この世に絶望してから。

 いや、その前から。俺は泣くことは無かった。

 最初で最後の俺の心を見せた人。

 

 あの子と別れてから。


 そう思うとあいつらに会いたくて、触れたくて仕方が無かった。

 俺の大切な家族。せめてあいつらだけでも幸せに。

 

 それが俺の生きる理由。


 俺は重い体を起こす。

 今日はいっぱい遊ぼう。お互い動けないくらい沢山。

 夢を忘れるくらい。


 春樹は寝室の扉を開け、リビングに向かった。



「おはようハルキ!」


 元気よく声を掛けてくる女の子。

 どうやらご飯を作っていたらしい。

 今時の子供はちゃんとしてるな。

 俺が子供の頃は……いや、思い出すのも面倒だ。



 ……?

 女の子?

 なぜ家に女の子がいるんだ?


 人里から遠いとか、そんな事は関係ない。

 人との接触は最低限。まともな交流など久しくしてない。



 いつも家族と過ごす毎日。

 そんな我が家に、何故かその子は居た。



「どうしたの? まだ頭いたいの?」


 女の子は心配そうにこちらを見る。



「いや……お嬢ちゃんは誰だ?」


 混乱しつつもその子に声を掛ける。


 何故そんな冷静な返しが出来たのか、俺も不思議だった。


 全く知らない女の子。

 そのはずなのに、何故だか俺はこの子を知っている。

 でも知り合いにはいないはずだが。



「あ、ごめん! そういえばハルキは知らなかったよね! わたしはね」


「ハルキが起きたのか!?」


 女の子が言いかけた言葉の最中に、その子よりも少し大きい男の子が大声でこちらに駆けてきた。



「ハルキー!!!!!!」


 見事に俺は、その男の子のタックルを食らった。

 ものすごい勢いで押し倒す男の子。

 そういう趣味はないんだが。


 目を輝かせ、まるで尻尾を振っているような喜びようで俺に馬乗りになる男の子。



「ハルキー!!!!!!!」


 そういうとなぜかその男の子は泣きながら胸に顔を押し付けた。



「ちょっと待ってくれ。君は一体? どうして家にいるんだ?」


 またしても冷静な言葉に男の子は少し驚きつつも、今度は笑顔で答えた。



「ハルキ! リュウだよ! 姿は変わったけどリュウだよ!」


 そういうとまた胸に顔を押し付ける。



「リュウ? そんな訳あるか。リュウは犬だぞ?」


 その男の子は人間なのだ。

 どこに犬が人間になる話があるんだ。

 そんなおとぎ話みたいな事を言われて俺は流石に動揺していた。



「ちょっとリュウ! ハルキは起きたばかりなんだからちゃんとお話ししなきゃ!」


 体は少し小さいが、女の子の方がお姉さんのようだ。

 実際の年齢は知らないが。



「ごめん!」


 といって、リュウはさっと離れていく。

 離れてはいるが、今にも遊んでほしそうに目を輝かせている。



「ハルキ、その子はリュウだよ。紛れもなく、犬だったリュウだよ」


 真剣な表情で女の子は言う。



「何を言ってるんだ? そんな訳あるか。いたずらでも質が悪いぞ」


 俺の家族を使っていたずら?

 そんなふざけた事を知らない子供にされて少し苛立っていた。

 小さい子に少し言葉がきついかも知れないが、それだけの事をしてるんだ。


 そういえばリュウが見当たらない。

 トラもルビーもココもいない。

 どこに行った?そこまで大きくない平屋だ、隠し場所なんてある訳ない。


 その時夢を思い出す。

 家族と離れ離れになる夢。

 俺が死んで、あいつらを置いていく夢。


 不安になったが相手は子供、そこまで手の込んだ悪戯はしないだろう。

 恐らく外にでも出しているのか。

 住んでいる家はあまり大きくないが、土地だけは広い。

 庭で遊んでもちゃんと皆帰ってくるから、良く離して遊んでいる。


 家族と離れる不安感が勝っていた俺は、子供たちが家にいる不自然さよりも早く会いたいという気持ちが強くなっていた。

 急いで玄関に向かい、外を確認する。



「……は??」



 俺が見慣れていた外の風景は、今までと少し変わっていたのだ。

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