積極的自衛行動

煌びやかな風、照り付ける太陽、これぞ南国と言わんばかりに降ってくる。

木漏れ日が頼子の黒髪を輝かせるたびに愛情が再燃する。敦彦はハンドルに片手を預け、撫でようとすらした。

信号のない道路が続く。

カートの前方は畑と屋根の低い建物がいくつか。

宮古の空はスカイダンシングのマップにそのまま採用されている。

このまま二人で飛んでいきたい気分だ。特に伊良部島は抜群のドライビングコースなのだという。残念ながら地続きではない。頼子は船が苦手だ。一度、グアムの沖釣りに連れ出して文字通り後悔している。

「これで攻めてみようか」

敦彦は車を路側帯に停めて、トランクからキックボードを降ろした。目と鼻の先に階段があり、滑降する途中で平良港が一望できると聞いた。

「わたしは車で待ってるから」

浮かない顔をする。せっかくホテルの朝食バイキングに顔を綻ばせてくれた努力が水泡に帰す。恐れた敦彦は搭乗予定時刻を気にしつつ、訊いた。

「どこに行きたい?」

「宮古フェリー」

一瞬、耳を疑った。だが、心を病んだ女にとって矛盾した言動は平常運転だ。「わかった」

二つ返事でサイドブレーキを外す。


案の定、乗りたいと言わない。頼子はただ待合室の長椅子に腰を掛け、スカートから伸びた足を組み替えるだけだった。下にはハイビスカス柄のビキニを着ている。かなづちの癖に露出にこだわる。敦彦にとっては扱いにくい魔女だ。サッキュバスでもなく、交合は拒む割に気力だけは奪っていく。

「それで生前贈与はどうするんだ。君の返事次第で俺の身の振り方が決まる」

妻は待ち行列に夢中だった。「ねぇ、あの人のポーチ、センスがいいわ」だの「太ってる癖にスキニーなんか履いて!」だの悪態をつく。

「はぐらかしても無駄だぜ」

とうとう敦彦が痺れを切らした。

「裏なんてないわよ。あなた、人生はシナリオじゃないの」

真顔で説教された。捻くれた脚本ばかり書くから性格が似るのだとも叱られた。

頼子が言うには、望月家はきたる不動産下落に備えて撤退を決意したのだという。メールボックスに母と娘の真剣なやりとりが残されていた。

「そら幾らなんでも極端だ。だいいち、日本にはまだ米軍がいる。今日明日に戦争が始まるというわけじゃない」

女だけでとんとん拍子に決まるヒステリックな展開を敦彦は揶揄した。

「そういう単純な話じゃないの…」

頼子は不意に駆け出した。そして窓口に寄り、無断でチケットを買った。

「とうとつに何処へ連れて行こうというんだ? まさか、変な気を起したわけじゃないだろうな!」

目で警備員を探す敦彦。その視線に頼子が立ちふさがる。

「一緒に行けばわかるから!」

髪を振り乱して一目散に桟橋へ向かう。

「誰か!」

叫んだとたん、敦彦の周囲に人垣ができた。もう一部始終が盗撮されている。

「いやっ!」「離して」

通路の角から悲鳴と怒号が響く。ほどなく取り押さえられた様子だ。

「もう無くなってしまうのよ」

警備室へ連行される間、頼子は名残惜しそうに「うぶゆう」を見やった。


「君がますますわからなくなった。いや、不可解だ」

敦彦は頭をかかえ、頼子は膝を抱いた。

「そう! あなた、そうやって、いつもそうじゃない! 今までも、これからも」

「それは君に返す台詞だ。いつもいつも意味不明な言動で俺や子供たちを振り回してきた」

「それは貴方が振り向こうとしないからじゃない! 頭ごなしにすぐ否定して、わたしと向き合ってくれない」

「つまり、それはネグレクトと理解してよろしいでしょうか。配偶者に対するドメスティックバイオレンスに当たります」

警官が割って入るが、頼子が睨みつけた。

「いいえ! 鈴木と二人で暫く話し合わせてください」

そして、釘を刺した。

「夫がすぐ話を折るから悪いんです。でも、彼の言い分を聞いて、わたしにも落ち度があると気づきました。意味不明って言われちゃった…」

別室へ案内され、小一時間ほど折り入った話をすることにした。





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