異動願い

「それ、ご当地ギャグっすか?」

開口一番、つれない返事。

ダメもとで総務部長に異動を打診してみたが惨敗に終わった。米軍が駐留する沖縄に販路がないこともないが先行きは微妙だ。日本国政府は安保条約の扱いに苦慮している。そこへスカイダンシングの次回作を売り込むなど寝た子を起すも同然だ。一縷の望みを絶たれた敦彦は次善策を迫られた。頼みの綱は開発部長だ。

「もう鈴木さんの席は無いっすよ。上流の設計はともかく、製造は主に外注です。そう決めたの自分でしょ。あと、今からメタリアルエンジンのプログラミング技術を学ぶって…開発拠点立ち上げの提案者が言うセリフですか」

大喜利か何かと勘違いされ、失笑とともにガチャ切りされた。

「悪いが、ここで仕事をするわけにはいかなくなったよ」

敦彦が謝罪すると頼子は「どうして東京に拘るの」と尋ねた。

「俺にはコンピューターしかないんだ。不動産屋は土のしがらみと人情の不条理に縛られた世界だ。デバッグできない」

「沖縄にIT企業はないの?」

「探せばあるだろうが、ゲームスタジオは皆無だ」

「起業すればいい」

「お湯を入れて三分で出来る代物じゃないんだぞ」

「わかってる」

頼子はトートバッグから二つ折り携帯を取り出した。延々と見知った電話番号が連なっている。

「お前、お義父さんに話したのか?」

問い詰めると弱弱しくかぶりを振った。履歴を遡ると旅の始まりから着信が続いていた。受話したり発信した形跡はなく、頼子はずっと夫の側にいた。

「チクショー。そういう事なら遠慮なく言ってくれよ。いや、俺が早く気つくべきだった」

頭を抱える敦彦を妻は一言たりとも責めなかった。ただ実母からのショートメールが一通。

望月平五郎が脳梗塞に倒れ、一命は取り留めたものの施設で暮らすことになった。土地、物件は近日中に処分し、生前贈与の手続きを行いたい。

そういう趣旨だった。相続税法が改正され、孫の学資を一定限度額まで非課税で贈与できる特例が出来た。

「お金のことは心配しなくていいのよ。敦彦クン♪」

望月頼子が穏やかに語り掛ける時は邪心が半分、純愛が半分、と彼は肝に銘じている。娘達の養育費を生活資金に流用する企みは気が引けたが、日雇いでも何でも馬車馬のごとく働けば沖縄に根付く事は可能だろう。小さなゲームスタジオから始めたっていい。問題は頼子だ。何を考えているのか。

いや、望月家の動きが怪しい。敦彦は裏があると睨んだ。

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