分離不安
「奥さん…頼子さん…と十分な時間は過ごしてますか」
精神医は言葉を濁した。個人情報保護法の兼ね合いもあり関係を疑っているのだろう。入籍しない選択肢は不便だ。経緯の説明を強いられる。
多忙を理由に往診を断られた敦彦は電話口で食い下がった。簡単な問診を終え、来院の予約を勧められたが寝たきり状態の本人次第だ。
「分離不安?」
聞きなれない言葉をオウム返しした。
「そうです。離れ離れを極度に恐れる現象です」
そういわれて意外だった。頼子と付き合い始めた頃、束縛愛に辟易したが深い愛情だと理解し生涯付き合うことにした。ところが頼子はずけずけと敦彦をあげつらい、時には平然と傷つけたりさえした。
「臍を曲げると悪態のマシンガンです。でも嵐の後にしおらしく謝ったりして…そんな所が可愛くて、つい…」
「腐れ縁と世間は好意的に解釈しますが、共依存ともいう。お互いの健康に良くない。お二人でお越しいただけますか?」
医師の助言に逆らいたくはなかったが夏季合宿の日程がある。丁重に電話を切ると敦彦は寝室に向かった。頼子はタオルケットで簀巻きにされていた。裸のままで。
「俺が悪かったよ。次の案件は会社に相談しながらやる。ワークライフバランスだ」
妻は大いびきをかいたまま寝がえりをうった。
「明日の夜には元気になってくれなくちゃ困るんだ。典子と紗代の事もある」
現実をつきつけると頼子の右目がうっすらあいた。
「ずっとここにいたい。貴方の傍にいたい。ねぇ、ここで暮らしましょう」
冗談じゃない。営業統括マネジメントは開発チームとクライアントを橋渡しするだけでなく、広告代理店や官公庁を皮切りにメディアミックスする出版社、芸能プロダクションから最新のグラフィックボードを開発する半導体メーカーまで休むことなく飛び回る。口の悪い人間は敦彦をスカイダンシングに引っかけて空踊ラーと揶揄する。宮古島と東京を往来する生活など論外だ。
「子供たちも…呼び寄せて…さ」
頼子は夕日に染まる久留間島を羨望していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます