凍てついたコマセ
「ねぇ、遊んでいい?」
子供は釣りに飽きたらしく、リュックサックから携帯用ゲームを取り出した。親は大物に夢中でそれどこではない様子。
5インチ液晶画面に「スカイダンシング・とどろく翼」の題字が浮かぶ。
「チクショー。なんてこった」
敦彦は自分が開発に関わったタイトルを目の当たりにして、むず痒い思いをした。
スカイダンシング・とどろく翼は国防の最前線をになう若者たちを啓発するために国策として創られた。
しばらくすると典子と紗代も長い髪を丸める。集団的自衛権の行使が現行憲法の範囲内で認められ、自衛隊が自衛軍に格上げされた。付随する形で国民安全協力法が制定され、一人一人に「国家安全保障の自覚」と「自発的な協力」が義務付けられた。男女防衛参画機会確保法の施行により、典子と紗代も「安全保障協力員」として自衛軍の監督下に入る。髪をベリーショートにして18か月の基礎訓練を受けたのち、予備隊員として有事の時まで社会で生産活動を担う。敦彦も同じだ。
そして、銃後に続くのは、あの男の子だ。
俺は何をしている。見ているだけか。適正年齢を過ぎた敦彦が自問した。
「英語で?」とツッコミ役が尋ねると、相方が「for eyes only」とボケる。
正解はJUST LOOKING。
元ネタは バブル景気が華やかりしころ、「見てるだけ」という一発ギャグが流行った。確か通販のCMだ。中年女性らがショウウィンドウを通過しつつ「買うぐらいなら家を買う」と言って冷やかして回る。そんな言葉遊びができる牧歌的な時代だった。今は言葉のアクロバットとハンティングが為政者のたしなみだ。
中東への予防的抑止力展開に、大陸の勢力に対する積極的自衛行動。
敦彦はなんだか急に馬鹿らしくなって、釣竿を放り投げた。凍ったままのコマセがコンクリートに砕ける。
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