宮古島

そう、あれはまだGoToなんて言葉どころかインバウンドという単語すら一般人の記憶になかった頃の話だ。


 鈴木敦彦は季節外れの南の島へ家族旅行をした。

 パスポートのいらないバカンスがいい。

 疲れた妻の希望を聞き入れて、宮古諸島を選んだ。


 子育てに人生の半分を消耗したアラフォー世代。自分を大切にする、なんて、馬鹿げた広告の惹句に惑わされず、過干渉にならない距離感を保ってきた。

 籍は入れていない。事実婚というやつだ。失われた三十年に足を踏み入れた日本でようやく世間の理解を得られるようになってきた。


 青い海に面した宮古島のホテル。夜風がざぁざぁと世界を丸洗いするかのようだ。

 冬の宮古島に台風は来ない。晴れた夜でもサトウキビ畑を渡る風が嵐のように騒ぎ立てる。

 ホテルの周辺に民家も高層マンションもない。


 風の舞踏会を邪魔するものは何もない。

 素敵じゃないかと敦彦は悦に入った。


 わたしを苦しめたいの、と妻が掛け布団を被った。


 下地島空港に着いた時から様子がおかしかった。だが、南国の明るい陽気に照らされて頼子の心も晴れるだろう。そう敦彦は勝手なシナリオを描いた。

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