第5話 アウラ先生の魔法基礎学
それから。
イトネを彼女の授業がある教室まで送っていき、アウラに指定された教室に着くまでに結構時間がかかってしまった。
だが、教室に向かうまでの廊下に誰一人他の生徒が見当たらない。
確かに校舎の端の方ではあるだが、一人も見当たらないのはおかしくないか?
誰もいない静かな廊下を進んでいき、教室に着く。
まあ扉の前で突っ立っていてる必要もなく、扉を開く。
予想の通り、他の生徒はいなかった。
窓のそばでアウラが本を読んでいた。
どっちの世界の本だろうか、表紙に何も書いていないところを見ると、俺たちの世界の本ではないのかもしれない。
「お、来たな」
顔を上げて俺のことに気付くと、パタンと本を閉じるアウラ。
「さって、もう少し休み時間だが、どうする?」
時計を確認して首を傾げ、こちらに尋ねてくる。
「まぁ始めようぜ」
席に着きながら答える。
基礎学とはいえ、初めて触れる概念の授業にちょっとわくわくしているのかもしれない。
「あーあー、これがお前らの世界でいうところの
随分な偏見の上にこれは別に仕事ってわけでもないだろう。
いや、役所の人たちとかかわってきた感想もあるのだろうか。
安藤さん、疲れが抜けきってない顔だったことばっかりだったからなぁ。
「ま、いっか」
いいのかよ。
アウラが教壇のそばにあったカバンから冊子を取り出し、俺の前に出してきた。
「これは?」
基礎学で使われる教科書だろうか。
適当にページをめくってみると、いくつかの魔法陣と、効果などが書かれている。
風や土、炎の魔法など、俺たちの世界でも割とメジャーな魔法が書かれていた。
いくつかの魔法を見ながら、アウラから説明を受けた。
この世界で使用される魔法は、5つに分類されているらしい。
1~4に分けられている、詠唱、魔法陣を介しての所謂想像しやすい『魔法』。
5に分類される、詠唱や魔法陣を介さない『未術』と呼ばれる魔法。
イトネが使用していた光の糸が未術に分類されるのだろうか。
一般的には、4から2に数字が上がっていくにつれ威力が上がり、使用できるエルフが少なくなるらしい。
まぁそのあたりは割と想像しやすかった。
「そこで、その冊子を開いてみろ」
そう言われ、冊子を開く。
さっきも見たような魔法の説明が載っている。
「左上にも表記されているのがその魔法の分類で、その魔法だと…4か」
ページに書いてある火の魔法の左上に『4』の分類が表記されている。
「まぁ他にも見分ける方法があってな」
魔法陣の外側、幾何学的な模様の帯の部分を指さすアウラ。
「この部分を魔法の『節』と言ってな、そこが多ければ多いほど魔法陣が大きく、分類が高い数字の傾向がある。つまり、魔法陣が大きいほど操り難く、その分使用できるエルフが少なくなるってことだ」
なるほど。
……ん?
「さっき4から2にかけて威力が上がるって言ったよな?」
「ああ」
「1類はどうなってるんだ?」
俺の質問にアウラが少しにやりと笑う。
「あぁ、あんまり気にする必要はないんだがな、1類は『その他』ってことだ」
「『その他』?」
「個人が発見して使用者がその発見者しかいない魔法だったり、出力じゃ計れないものだったりだな」
よく分からない。
「まぁ使える奴なんてそういないからな、気にしなくていい」
大体は扱える魔法が多く、それか大きい分類があるとその分力のある魔法使いだってことか。
「以上だ」
「……は?」
アウラはそういって教壇まで戻る。
振り返り、こちらを見ているがアウラの口から続きが一向に出てこない。
「終わり?」
「終わり」
「……嘘ぉ」
「誠に残念だがこれが嘘でも何でもない」
アウラの表情からは冗談めいた感じは全く受け取れない。
「その本は途中からになっているだろう、一番最初のページを開いてみろ」
アウラに言われて冊子を最初のページに戻してみる。
先ほどアウラから聞いた分類のことが最初のページに書かれている。
それから後ろのページは、途中に開いたように魔法の紹介がずっと続いていた。
「(声にならない声)」
「信じられないかもしれないがな」
俺が視線を上げてアウラの方を見ると、肩をすくめるアウラ。
「私たちの使う『魔法』ってのは、秋人たちの世界の技術ほど起源や原理が解明されていないんだ」
原理や理屈が分かってないものをどう学べって言うんだ。
「だから、その冊子もあとは魔法の図鑑でしかない」
冊子をざっと最後までめくってみる。
最後まで似たような魔法の紹介で、アウラの言う通り図鑑に近い冊子だった。
「だろう?」
「そうだな」
とりあえず冊子を閉じる。
「とまぁ、魔法基礎学なんてのは名ばかりでな。この程度の講義が済んだらあとは4類魔法を教えるだけの教科なんだよ」
マジか。
「んで、試しに何かやってみるか?」
冊子をひらひらとさせるアウラ。
何か実演して見せてくれるということだろう。
と、言われて冊子を軽く見てみるが、いまいちパッと思いつかない。
「何か簡単なので」
自分でも適当だと思うが見ても良く分からないので任せてみるしかない。
「そうだな……ほい」
アウラが人差し指を立てると、そこに小さな炎が現れた。
その炎の下には人差し指より少しだけ大きい魔法陣が浮かんでいた。
「割と良く使われる魔法でな。『小さな灯り』と呼ばれる」
指を振ると、アウラの指先に出ていた炎は消えてしまう。
「冊子の最初の魔法がこれになってるだろう、開いてみろ」
冊子を改めて開いてみると、さっきの説明のページの隣が『小さな灯り』となっていた。
魔法陣、説明の後になんだかポエムのような文言がある。
「詠唱の詞も載ってるだろう、試してみろ」
…そんな事だろうとは思ったが、これを読むのか。
人差し指を立てて、おいていた冊子の一部を読む。
「り、『隣人よ、その瞳を我に貸し賜え』」
……
「……」
「……」
恥っず!
顔が赤くなっていることを嫌でも自覚する。
何か中二病とかそういう類になったことがない分余計に居たたまれない!
「まぁ、そうだろうな」
恥ずかしくて変な汗まで出て来そうな俺と打って変わってアウラは納得したような声を出した。
「ど、どういうことだよ」
「今の魔法はな、エルフ達でも魔法が使える、使えないを確認するのに使う魔法なんだよ」
つまり、今のがテストになってるわけか。
「私たちエルフの中にも魔法が使えないものは多くいる、ましてや異世界の人間のお前が魔法を使える方がおかしいさ」
そういえば、イトネも魔法が使えないと言っていた。
「なら俺が今試してみる必要なかったんじゃないのか…?」
「まぁ予想通りではあったがな、万が一にも使えるかもしれないだろう?」
からからと笑うアウラ。
そんなことのためにかかなくていい恥をかいたのか。
「勘弁してくれよ…」
「はっはっは、試してみるまではわからんからな。いい経験だろう」
確かに、原理が判明されていない以上やってみるのが一番確実なんだがなぁ。
「他に、何か見てみたい魔法はあるか? その冊子に載っている魔法くらいなら全部見せられるぞ?」
冊子をぺらぺらとめくっては見るが、これといったものは見当たらない。
と、いうか。
「これ4類までしか載って無くないか?」
魔法のページの左上を流し見てみるが全て『4』となっていた。
「初級の4類魔法しか載っていないからな。魔法使いなら大抵使える基礎ってわけだ」
最早ただの入門書じゃないか。
「まぁその程度の魔法の授業だからな、お前の他に受ける生徒なんかいないってわけだ。おかげでわざわざ臨時講師をやる羽目になった」
「の、割には嫌がってるように見えないぞ」
「嫌がってるように見えないのなら、相手が嫌がっていないということだろう?」
なんかはぐらかされた気がする。
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