第4話 エルフ達の魔法②

 その後。

 ハンカチを取りにイトネが戻ってくるかと思い少し待ってみたが、その気配もなかったため部屋に戻った。

 その頃にはノルンも起きており、授業の支度をしていた。

 まぁとは言え、本を数冊持っているくらいなのだが。

「そっちの世界の学校ではそうでもなかったの?」

「まあ俺の通ってる学校ではそうでもなかったかな…」

 普通科の学校だったが、1日に使う教科書やらノートやらを考えたら、流石に数冊とはいかない。

 学園にロッカーがあるわけでもないらしい。

 そんな雑談のようなものをしていると、部屋の扉がノックされた。

「はーい」

 ノルンより扉に近かったため、部屋の入り口を開ける。

 そこにはフードを目深に被ってマントを着た人物が立っていた。

「お、ちょうどよかった」

 フードを少し上げたところで、その人物がアウラだったことに気付く。

「なんでそんな恰好してんの」

「まぁちょっと目立ちたく無くてなー」

 マントにフードの方が目立つような気がするのだが。

「恰好はなんでもいいんだ、一つ伝え忘れててな」

 アウラがフードを戻しながら言葉を続ける。

 そんなに見られたくない理由が何かあるのだろうか。

「今日の午後の授業はこの教室に来てくれ」

 そう言ってアウラから差し出されたメモ用紙を受け取る。

 メモには講堂の場所が示されていた。

「魔法基礎学って呼ばれてる授業でな、簡単に魔法についての基礎を授業として教えることになってるんだ」

 なるほど。

 いきなり同年代の生徒と同じ授業をされても理解が進むとは思えない。

 基礎の話から聞かせてくれるのは助かる。

「分かった、午後の授業でこの講堂だな」

「おう、それじゃ、また後でな」

 本題が済んだためか、アウラは立ち去ってしまった。

 扉を閉め、部屋に戻る。

「あれ、誰だったの?」

 部屋で待っていたノルンが戻ってきた俺を見て首を傾げる。

「あぁ、留学の担当官…でいいのかな。俺に伝達事項があって来たみたいだ」

「そっか」

「あ、午後の授業抜けて別の授業に行くわ」

 ノルンに午後の授業が別になることを伝えておく。

「? 午後の授業はクラス授業だからもともと別々なんじゃないかなぁ」

 クラス授業?

「あー、そういや午後の授業について言ってなかったね」

 ノルンによると、午後の授業は扱える魔法の階級クラスによって、受ける授業が変わるらしい。

 魔法と一口に言っても、様々な分類があるそうだ。

「っと、そろそろ教室に向かおうか、授業に遅れちゃうよ」

 魔法の分類の詳細を聞く前に、ノルンが手を叩く。

 雑談をしていて授業に遅れてちゃ意味がないなと、俺も授業の準備を済ませてノルンと共に教室へ向かうのだった。


「佐倉秋人です、留学生としてこの学園に来ました。よろしくお願いします」

 しーん。

 クラスの教壇で頭を下げるが、静寂が続く。

 顔を上げるが、ノルンがあわあわとしている以外はおおむね警戒しているかのような表情でこちらを見ていた。

(事前にアウラから聞いてたとは言え、まーこうも露骨だとくるものがあるなぁ)

 この学園に来るまでの馬車でそんな話を聞いていたので一応覚悟はしていたのだが、実際に目の当たりにすると、構えていても心にくる。

 まぁ、とはいえ事前に聞いていたこともあり、努めて冷静なふりをする。

「…それでは、席はノルン君の隣で」

 生徒と同様に警戒した様子の担任の言葉に、ノルンの居る席へと歩く。

「(なんかごめんね…)」

「(ノルンが謝ることじゃないだろ)」

 席に着くと同時に、小声で誤ってくるノルンに小さく返す。

 まぁ異界の人間がいきなりクラスに加わるというのだ、いきなり友好的にできる人物の方が難しいだろう。

 …俺も、逆の立場だったらと思うと、少しは警戒するような気がする。

 そうなると、最初から歓迎してくれたノルンの存在は結構嬉しいものなのかもしれない。

「(ありがとな)」

 ノルンに、小声のままお礼を告げる。

 有難いと思うことには、きっちりとお礼を言う。

 最低限の礼儀はきちんとしないとな。

「(…………)」

 ノルンが固まってしまった。

 どこか、顔が赤くなってきたような気がする。

 熱でもあるのだろうか。

「それじゃ授業始めるぞー」

 俺の自己紹介が終わったからか、担任の先生の気怠い声が聞こえてくる。

 その声に我に返ったようにはっとなってからノルンは前を向いた。

 いつまでも俺もノルンの方を見ている訳にもいかず、俺も担任教師へと視線を向けるのだった。


 午前の授業は所謂普通科の授業のようになっており、俺の居た世界と同様の授業で構成されていた。

 まぁ流石に地理に関しての授業は全く別の内容だった。

 アウラから受け取ったペンダントのおかげで、言葉自体は理解できていたので、なんとか混乱せずに済んだ。

 しかし、授業の内容自体が俺達の年代でやる内容より簡単に済まされていた。

 まぁ、俺達の世界の学校が変に詰め込み過ぎているだけなのかもしれないが。

 そんな事を考えながら午前最後の授業を受けていると、授業の終了を告げる鐘が鳴った。

 鐘を聞き、授業を切り上げた教師がクラスを出ていくと、生徒たちも各々の昼休みを過ごすためか教室を後にしていった。

「んーっ」

 授業が終わり、伸びをするノルン。

 どっちの世界でも授業終わりは疲れるのか。

 妙な共通点に笑いが零れる。

「あ、なんか変なところ見せちゃったかな…」

 俺の視線に、照れたようにノルンが頬を掻く。

「いや、どっちの世界でも授業終わりは似たようなもんなんだなって」

「そ、そうなの?」

「友達が良くやってたよ」

 元の世界での授業終わりに友達が良く伸びをしていたのを思い出す。

 まぁ別にしばらく留学したらまた会えるけど。

 1週間も経っていないのになんだか懐かしくなりかけたところで、席を立つ。

「昼飯、食べに行こうぜ?」

 変に違う世界の授業を受けて頭を使ったせいか、正直腹が減っていた。

 昨日も行ったが、食堂まで少し歩くことになる。

 雑談なら歩きながらでもできるしな。

 ノルンを待って、教室から出ようと待つ、が。

「え、えっと、ごめん…アキト、ちょっと先に行っててもらえるかな」

 ノルンは何かを思い出したのか、手を合わせた。

「ちょっと委員会の用事があって、集まらないといけないんだ」

「そっか、まー昨日行ったし大丈夫だろ」

 食堂への道を思い出す。

 なんとか大丈夫だろう。

「午後の授業も別々だろうし、また後でな」

 教室を出たところでノルンと別れて、食堂へと向かった。


「…………」

 うーん。

 食堂へと向かう廊下で、明らかに視線を向けられている。

 まぁ昼休みに食堂へ向かっているのだから、そりゃあ他の生徒が多いのは当たり前なのだが。

 しかし、朝も向けられた視線が大なり小なりあるとはいえ、いきなり慣れるものではないよなぁ。

 食堂に到達する頃には、他の生徒が多くなっていたため視線にさらされてる感じが薄くなったとはいえ、食堂のテーブルで食べるのは止めとこうかな。

 食堂のおばちゃんから昨日も食べたサンドイッチ(のようなもの)を貰い、食堂から出た。

 講堂で昼食を済ませてもいいものか。

 …外で食うか。

 幸い外は晴れているので、どこか適当なとこで済ませよう。


 適当な木陰でも行こうかと、校舎から出て歩いていく。

「――、――! ―――」

 ? かすかに、だがなにやら話し声が聞こえてくる。

 にしては、所々語気が荒い気がする。

 ……なんとなく、ではあるのだが。

 嫌な予感がする。

 声が聞こえてくる方へ、足を進めていく。

「――!」

 まだ、何を言っているのかは分からないが、さっきより聞こえてくる声が大きくなっている。

 そのまま進んだところで、3人の後ろ姿が見えてきた。

 いや、後ろ姿が見える3人の奥に、もう1人居る。

 3人の内の1人が、手を前に掲げる。

 その手元が赤く光ったと思ったその時。

 1

 はっきりと確認したのはそこまで。

 見えていた炎が飛び出すとほぼ同時に俺も走り出していた。

 とは言っても飛び出した炎より先に到着することなどできず、奥に居た1人の近くに炎が直撃した。

 直前で転んだおかげで直撃こそしなかったがそのまま倒れ込んでしまった。

「よお」

 そのせいか、俺が近づくのに気づいていなかった3人に、声をかける。

 一瞬驚いたようだが、3人がこちらに振り向く。

「随分楽しそうな事してるじゃねぇか」

 左に居た女生徒が、ひそひそと2人に「留学生の…」と耳打ちしている。

 右に居た女生徒は明らかに警戒したように構えたが、中央に居た女生徒が腕を組んだ。

「異界の留学生が何用でございますでしょうか?」

 丁寧なのは言葉のみ、明らかな敵意を持っている。

 視線はなるべく離さず、奥に居た人物に目を向ける。

 そこに居たのは、今朝出会ったイトネだった。

「はっ、こっちの世界に来てからまだまともな魔法を見てなくてよ、ちょうどいいや、

 睨みつけてくる3人組の横を素通りして、イトネの方へと向かう。

 イトネはようやく俺の方に気付いたのか、目を丸くした。

 大丈夫だ、と口にはせず、笑みを向けて、再度3人組に向き直る。

「…一体何のつもりですの?」

 中央の女生徒が首を傾げる。

「あ? 誰がお前ら側に混ぜろっつったよ」

 わざと不敵なように告げる。

 腕を組んだままの中央の女生徒がこちらを警戒している。

 それでいい、何かあると思わせれば狙い通りなのだから。

「貴男程度がエレア様に敵うとでも思ってるの!?」

 右手の女生徒が気に入らないように叫ぶ。

 左側の女生徒が頷いているのを見ると、中央の女生徒の名前なのだろう。

「あ? 知るかよ」

 正直、下らないことに使っている魔法を見てしまい腹が立っていた。

 苛立ちを隠すことなく返してしまう。

 右手の女生徒が何やらエレアって女生徒が名家の出だの階級クラスが高いだの騒いでいるが、知ったことではない。

「ふん」

 鼻を鳴らし、エレアとやらが再び手を前に出す。

 瞬間、赤い魔法陣が現れた。

 さっきは遠目に見えただけだったが、はっきりと目の前に出ると、どこか神秘的にも見える。

 が、その力をいたずらに使っているものだと思うと、大したものにも見えなくなる。

 その間にも、エレアの方へと向けた視線は逸らさない。

「……興が醒めましたわね」

 ふっ、とエレアが手を振ると、目の前にあった魔法陣が消えた。

 そのままエレアと呼ばれた女生徒は背を向けて歩いて行ってしまった。

「え、エレア様!?」

「待ってください!」

 傍らに居た2人がその後を追って走っていく。

 姿が見えなくなるまで視線は外さないようにしていたが、校舎の向こうへ消えていったのを確認して、緊張が解けて息を吐いた。

「っと、大丈夫か?」

 背後に居たイトネの様子を確認するため振り返る。

 今の今まで呆けていたのか、イトネが急に動き出す。

「だ、大丈夫ですか!?」

 そのまま急に駆け寄ってくるイトネ。

「何もされてないよ、そっちからも見えてただろ?」

「でも…」

「イトネこそ大丈夫か?」

 転がったせいで着いてしまっている草を軽く落とす。

「わ、私は大丈夫ですよ!」

 土が着いてしまっているままで大丈夫だとアピールしてくる。

 そうだ、すっかり忘れていた。

「ほら、朝忘れてったろ、拭きなって」

 ポケットに入れたままになっていたハンカチをイトネに返す。

「あ…」

 ハンカチがないことに気付いたのか、ポケットを探り、俺の手から受け取るイトネ。

「んじゃ適当に行こうぜ、いつまでもここに居てあいつら戻ってきたら面倒だろ」

 イトネが軽く身支度を済ませるのを待って来た道の方を指さす。

 言葉はなかったがイトネが頷いたのを確認したので歩き出す。

「あ、あの!」

 呼び止められ、イトネの方へと振り向く。

 怪我でもしてたのだろうか。

「ありがとう、ございます」

 何故か今にも泣きそうな表情のイトネ。

「…ああ」

 照れくさくなり、それだけ返しただけだったのだが、イトネは微笑んだままついてきてくれた。

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