第3話 エルフ達の魔法①

 気づけば、窓の外で鳴いている鳥の声が聞こえてきた。

 元の世界と同じような木目の天井に、「意外と木材について違いは少ないんだな」と変な感想を抱いた。

 体を起こすと、まだノルンが寝息を立てていた。

 馬車に乗っている期間は熟睡できていなかったからだと思っていたが、元の世界での習慣は体に馴染んでいたらしい。

 向こうの世界では体作りにランニングに出るところだが、馬車に乗っていた時はそんなこともできなかった。

 まぁ走ることは難しいにしても、少し外に出て体を動かしたいな。

「……よし」

 学園の敷地内なら問題ないだろうと、ノルンを起こさないようにいつものジャージに着替える。

 部屋の扉を開けた時に古い木材らしく音が鳴ってしまったが、起こさずに済んだようだ。

 寮を出ると、どこかからキジバトの鳴き声が聞こえてくる。

 まだ気温が低く、日の光が横から差している。

 これだけ見ると、異世界に来たという事が実感できない。

 流石に走り回るのは危険だろうなぁ。

 適当に歩き回るかと、足を踏み出す。

 昨日案内を受けたのが屋内だったので、外から見て回るのもいいだろう。

 石畳が敷かれた道を歩いていく。

 風と鳥の声以外に音がしない。

 俺の地元も田舎とはいえ、なんだかんだ人工物の音が結構していたのだがここはそんなことがない。

 歩きながらそんなことを思っていると、余計にそう思うのだが、エルフ達を見かけないな。

 ノルンも熟睡していたのを考えると、エルフ達の朝は俺達より遅いのかもしれない。

 特に目的もなくぶらつくが、まぁ何も予定も目的もない。

「うーん」

 遠くに行くわけにもいかないし、学園と言っても敷地がだだっ広いわけでもなく、歩き始めた寮の前まで戻ってきてしまった。

 とはいえ、部屋に戻るには物足りない。

 二週目行くか、と足を進める。

 一週目にはあまり意識しなかったが、ゆっくりと道を歩いていく。

 まぁ一週目と同じ風景が続くだけなので、なんとなく飽きてきた。

 最初に通った道と、別の道を進む。

「まぁ道を変えたからって特に変わるわけじゃないなぁ…」

 困ったことに、道を変えても微妙に建物の配置の感じが変わるだけで、風景として変わらない。

 戻ろうかと思いながら惰性で足だけ進めていると、芝生のある並木が目についた。

 まだ戻るには早いかと、木陰で休もうと並木に近づく。

「♪~♪~、♪♪♪~」

 木陰に、先客が居た。

 昨日見た、黒髪の女生徒が鼻歌を奏でている。

 目を閉じ、手を合わせているためか俺に気付いていないようだ。

 女生徒が合わせていた手を離すと、指と指の間に光の糸が伸びていた。

「うぉっ」

「!?!?」

 こちらに来て初めて見る明らかな魔法に、声が漏れてしまう。

 俺の声が聞こえてきてようやく気付いたのだろう、女生徒は飛び上がるかのような勢いで驚いていた。

「えーと、おはよう?」

 なるべく刺激しないようにと、ゆっくりと手を振って挨拶してみる。

 幸い(?)小動物のように逃げ出さなかった女生徒がゆっくりとこちらに振り返った。

 正面から見ると、髪の毛が黒いだけで、エルフ特有の耳の長さから、こちらの世界の住人であることが分かる。

 昨日食堂で見かけたときには、遠目でしか見えなかったからな。

「お、おはよう…ございます」

 まだ警戒しているようだが、挨拶を返してくれた。

「初めまして、だよな。俺は異世界から留学してきた…で、いいのかな、佐倉秋人って言い…ます?」

 やべぇ、完全初見だとどう説明したらいいんだ。

 実質俺のことを知らないエルフへの初めての自己紹介に言葉がつっかえる。

 俺のぎこちない自己紹介に、小さく「あぁ」とどこか納得したような言葉を漏らすと、女生徒は強張らせていた体制を崩した。

「は、初めまして、イトネ、と言います…」

 細々と、だが名前を告げて頭を下げる女生徒、いやイトネか。

「イトネ、さん」

 ふと年下なのかが分からず、とりあえずとさん付けで呼んでしまう。

 俺に呼ばれて少しきょとんとしてから、イトネはくすくすと笑った。

「あはは、呼び捨てでいいですよ、サクラさん」

「お、おぅ…」

 少しは緊張と警戒が解けただろうか。

 笑っていたイトネは落ち着いたのか体を少し横にずらした。

「えっと、隣、座りますか?」

 ぽんぽんと優しく芝生を叩き、イトネは首を傾げた。

 ここで急に帰るのも気が引けたので、そのまま言葉に甘える。

 腰を降ろしたところで、イトネの視線が俺の手元に向かっているのに気づく。

 何かついていたのかと、袖を確認するが特に何もないような…

「? 何か付いてたか?」

 聞いてみるかとイトネに尋ねてみる。

「いや、すみません、見たことない布地だったので…」

「うん?」

 手元を改めて見てみるが、ただのナイロンの安物ジャージなんだが。

 もしかして、化学繊維ってこっちの世界にないのか。

 逆にイトネの着ている服の生地は、絹とか何かだろうか。

 あんまり服の生地には詳しくないからなぁ…

「その、えっとですね…」

 イトネの着ている服を見ていると、彼女は伏し目がちに指を合わせている。

「その、よかったらその服、見せてもらえませんか?」

 やはり恥ずかしいのか、顔が少し赤い気がする。

 まあ、別にいいかと右手をイトネの前に差し出す。

「これで見えるかな」

「あ、ありがとうございます!」

 さわ…

「!」

 イトネの手が俺の手を撫でている。

 いや、正確にはジャージを触っているだけのだが、俺からしたら腕を撫でられているとしか感じない。

 ひとしきり腕を撫でまわすイトネ。

「あ、さ、さっきのって、魔法なのか?」

 ジャージを撫でられていて気恥ずかしくなって思わず出た俺の言葉に、今度は少し困ったように頬を掻くイトネ。

「これは、魔法とはちょっと違って、ただこの手袋で魔力の糸を使うだけで…」

 そう言ってイトネはジャージから手を離して手袋を示した。

「わたし、魔法が使えないんですよ」

「魔法、使えないエルフもいるのか」

 事前に勉強するにも、エルフに関する情報はまだまだ俺達の世界でははっきりしていない。

 先入観だとは思うが、そんなエルフも居るんだな。

「えぇ、だからお婆ちゃんにもらったこの手袋で練習をしてるんです」

「練習?」

「あ、えっとですね、わたしの実家では、服を作っているんです、こうやって…」

 照れくさそうにしていたが、イトネは傍らに置いていたボビンのようなものを手に取り、また手を合わせる。

 目を閉じ、少しだけ待っていると、さっきのように手を離す。

 手袋の指先から、もう片方の手の指先に再び光の糸がつながっていた。

 よく見ると手元のボビンから糸が伸びている。

 そこからイトネが手のひらを上に向けると、光の糸は上に向かってフワフワと伸びていった。

 光の糸はどうやらボビンから糸を引いているようで、宙に浮いたまま漂っていた。

「……んっ」

 イトネが手元を少し動かすと、浮いていただけの糸が少しずつ纏まっていく。

 そのまま、糸は小さな布になった。

「っと、まだこの程度しかできなくって…」

 布を手にして、こちらに差し出したイトネは、どこか自信なさげで照れくさそうだ。

 だが。

「すげー…」

 俺としては、『ゲート』以外の初めて目の当たりにした「魔法としか呼べない出来事」に小学生並みの感想しか出てこなかった。

 イトネから差し出された布を手に取り、しっかりとした布になっていることをまじまじと眺める。

 これが魔法なのか!

「……ふぇ?」

 俺が魔法に感動していて気づかなかったが、ふと見るとイトネの顔が真っ赤になっていた。

 混乱しているのか、声にならない声が漏れていた。

 目が明らかに泳いでいる。

 ばっ、とイトネが立ち上がる。

「あ、あ、あ…」

「あ?」

「ありがとうございますぅー!!」

 何故かお礼を言いながら走り去ってしまった。

「えぇ…」

 イトネが走っていくのを見送り、ふと気づくとさっきまでイトネが居たあたりにハンカチが落ちているのに気づく。

 開いてしまっているので、敷いていたのだろう。

 流石に放置して部屋に戻るわけにもいかないので、ハンカチを拾う。

 草を適当に払い、ポケットにしまった。




 

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