第2話 魔法学園
『ゲート』から歩いて半日、一番近くの町にていくつかの検査(いくつかの魔法にかけられた)を経て、アウラと馬車に揺られること3日。
幌の中から眺める景色は、地元の田舎具合を見慣れていたと思っていた俺でも、自然にあふれるというか、自然以外が見えても来ないというか、そんな景色だった。
『ゲート』が現れた頃から地元は一気に建造物が増えていったそうだが、こっちの世界ではそうにもならなかったようだ。
「そろそろ見えてくるぞー」
地図を見ていたアウラが腰を上げて幌の側面を開ける。
丘を上がり切った道の先に見えてきたのは、最初に行った町でもいくつかあった石造りの建物だった。
「あそこがお前が留学する学園だ、まぁ魔法を教える学園だな」
「おぉ…」
なんかどこかの神殿とでも言えるかのような佇まいだ。
ようやく見えてきた目的地に、楽しみというより…馬車での移動の宿命というか、尻の痛さに開放されるのかと安堵していた。
「着きましたぞ」
学園を遠目に見て、さらに少しの間馬車に揺られ、御者のおじいさんの声にようやく目的地に着いたことを知る。
馬車から降りると、さっき見えていた建物を目の前にする。
いざ到着すると、ファンタジーの世界に来たのだということを実感した。
「どうだ、こっちの世界の学園は」
アウラが隣に立って口を開く。
「…あー、えっと」
はっきり言ったものかと思案していると、アウラは「気にするな」とばかりに息をついた。
「ずいぶん、神秘的だなって」
「遠慮しなくていいさ、古臭いだろ?」
それでも、とオブラートに包んでみたのだが、アウラにはお見通しだったらしい。
「私はお前のとこの世界と行き来してるんだぞ?そっちの建物だっていくらでも見てるっての」
そう言われればそうだった。
俺たちの世界側の『ゲート』は最新鋭の建築物の筆頭とも言える技術で建てられていた。
そこでの外交官みたいなことをやっていたのだ、建物なんて幾度となく見てきていたのは当然だった。
「優しいな、お前は」
「は?」
何言ってるんだ、という言葉が出る前に、頭をわしわしと乱暴に撫でられる。
これからこっちの学園の人物と顔合わせするというのに、髪形をぐちゃぐちゃにするのは止めてほしい。
「お、来たみたいだぞ」
学園の方から一人のエルフがこちらに来るのが見える。
「アウラ、あいつが見えてから頭撫でただろ…」
「はっは、どうだかなぁ」
随分楽しそうに笑ってるじゃないか、絶対わざとだ。
そんなこんなしている間に、学園からこちらに来ていたエルフが近づいていた。
「やぁ、えっと、こんにちは?」
目の前まで来て、エルフが笑顔を輝かせる。
アウラと似ている、というのは少し違うのかもしれないが、短いながらに金に輝く髪から伸びるその耳が、明らかに俺たちと違う人種だということを主張している。
というか、顔の出来が俺たちの世界とは違っている。
俺たちの世界に来るこっちの世界側の留学生がキャーキャー言われているのも納得だ。
「あぁ、こんにちは」
どこかぎこちなく挨拶してくるエルフに、挨拶を返す。
「わぁ、すごい、本当にこっちの言葉を学んできてるんだ!僕はノルン、よろしく」
「よろしく」
差し出された手を握り返す。
胸元にかけてあるペンダントのおかげなんだが、騙しているみたいで申し訳なくなってくる。
「それじゃ、私は教員室の方に顔を出すから、こいつのことよろしくな」
アウラがノルンの肩を叩いてひらひらと手を振って歩いていく。
留学生の監督官という形で、アウラも学園に残り、講師をするという話だ。
「んじゃ、まずは寮に荷物を置きに行こうか」
ノルンが自分が出てきた建物と別の建物を指さした。
あっちが寮なのだろう。
「ああ、頼む」
キャリーケースと背負ったバッグを持ち直して、ノルンについていった。
寮についての説明を聞きながら、部屋へ案内される。
「ここだね」
木でできた扉を開き、中に入る。
全体的に木製の家具が多く、まぁよくある『ファンタジーの宿屋』といった風な部屋だった。
「…一つ、聞いていいか?」
荷物を降ろし、口を開く。
「ん?どうしたの?」
部屋の中にある家具で気になるものがあり、ノルンに尋ねる。
いや、その家具自体がおかしいわけではない。むしろないと困る。
しかし、事前に聞いていなかった。
「なんでベッド二つあんの?」
二つあるって事は、そういうことなんだろうってのはわかる。
「この部屋って二人部屋だからね」
「ちなみに俺の他って」
「僕がルームメイトだよ?」
ですよねー。
「あ!」
ノルンが声を上げる。
「ど、どうした」
驚いた表情のままだったノルンが、困ったように頭を掻いた。
「キミの名前、聞いてないよ」
「……あ」
ここに来るまでノルンからの説明が続いていたせいか、名乗っていなかった。
どちらともなく、吹き出してしまう。
どうもお互いにやらないといけないことで焦っていたらしい。
「佐倉秋人だ、改めてよろしく」
「サクラ、アキト…アキトか、よろしくね」
その後。
午後からでは授業に参加するのが遅いということで、学園を見て回ることになった。
そもそも午後は選択授業の形になるため、クラスの生徒も集まらないという話だ。
「さて、何処から案内しようかな」
「そんなに広いのか?」
正面からしか見ていなかったが、奥に敷地が広いのだろうか。
「広いってわけでもないんだけどね、この学園って似たような廊下と部屋が多いからねぇ。毎年新入生が迷子になることも多くて」
そりゃ石造りじゃ似たような廊下だったり教室だろうなぁ。
「まぁ毎年そんなことになるから、生徒手帳に学園の地図が載ってるんだ。アキトにも後で渡すよ」
「助かる」
寮でさえ似たような造りなのだ、学園内だと余計だろうな。
部屋から出て、学園の本棟に入り、石畳の廊下を進んでいく。
「やっぱり最初はあそこからかな」
ノルンは自分の生徒手帳を少し見つめた後、手帳をパタンと閉じる。
「あそこ?」
「そそ、まぁついてきてよ」
日光が差し込む廊下を進んでいく。
明らかに今の日本じゃ見られない光景で、外国にでも来たのかって感覚だが、外国どころか異世界に来てるんだよな。
山だ森だのの風景ばかり見ていたから、急に実感が湧いてくる。
目の前を進むノルンも、そう思う一因なんだろうが。
そんなこんなで廊下を歩いていき、ホールのような広い場所に出る。
いくつものテーブルとイスが並んでいて、奥にカウンターのようなものがある。
「食堂…か?」
「正解♪」
学園の案内で一番最初に連れてくるのが食堂かね。
「アキト、お昼食べたの?」
ノルンの言葉に返事をしようとするよりも前に、腹の音で返事をしてしまう。
確かに、馬車で食べたのは朝食が最後だった。
「ここに連れてきたのも、正解だったみたいだね」
「…だなぁ」
食堂の席に座っている他の生徒はいなかった。
もう午後の授業に入っているからだろう。
「まずは腹ごしらえから、それでもいいよね」
いたずらっぽく笑うノルンに、「ああ」と返すぐらいしかできない。
「それじゃ適当にもらってくるから、座って待っててよ」
そう言ってノルンはカウンターへ行ってしまった。
適当な席について、なんとなく周りを見ると、俺たちの他にもう一人エルフが居たことに気付く。
背を向けているため顔は分からないが、全体的に小さく、髪が長い所を見ると、女生徒のようだが、ぱっと目を引いたのは、その髪は俺と同じ黒髪だった。
まだこちらに来て日も浅く、いまいち違和感がなかったが、こっちの世界に来て初めて見る黒髪だった。
「お待たせー」
いつの間にか、ノルンがトレイを手に戻ってきていた。
「ん?どうしたの」
俺が別の方向を見ていたのに気づいたのか、ノルンが首を傾げる。
「ああ、あっちの――」
黒髪の生徒が座っていた方を再び視線をやるが、そこにすでに女生徒はいなかった。
「なぁノルン」
「だからどうしたのさ」
「この学園の生徒に黒い髪の生徒っているのか?」
「あぁ、そう言えばいたねぇ。遠くの地方出身の子が一人」
俺達の世界と同じように、人種的な違いはあるのか。
なんとなくだが、同じ髪の色の女生徒に親近感を覚える。
外国の旅行先で同じ国の人をみた感覚なのだろうか。
…海外旅行どころか、異世界なんだが。
食堂で軽食を摂ってから講堂や実技ホールなどを回り、日も落ちてきたこともあり、部屋に戻ってきた。
「とりあえずは今日案内した範囲で授業とかは動くことになるから」
「了解」
案内は簡単に済ませ、旅の疲れを癒してくれというノルンの気遣いにより今日はもう休むことになった。
「ベッドは奥でいいかな?」
「普段ノルンは手前使ってたんだろ、奥でいいよ」
手前のスペースには明らかに人が使っている形跡が残っている。
わざわざ俺のために荷物を動かす必要もないだろうと、キャリーケースを持ち奥のスペースに進む。
机の横にケースを降ろし、中から日誌を取り出す。
留学中に書くよう依頼された物だ。
「なになにー、何か書くの?」
興味津々、といった風にノルンがのぞき込んでくる。
「ただの日誌だよ、留学の報告書みたいなもんだ」
「へー、これがアキトの世界の文字なのかぁ」
俺の言葉を聞いて、まじまじとノルンが日誌を眺めている。
「読めるのか?」
ふと気になって日誌を見ているノルンに聞いてみる。
「流石にそっちの世界の文字は読めないよぉ」
ペンダントの能力はそこまで万能ではないらしい。
言葉に関しては完璧な機能を持っているが、文字までは変換できないのか。
それからは、日誌を書いて夕食が部屋に配られるのを待ち、ノルンと適当な雑談をして床についた。
明日からは本格的にこっちの世界の学園で魔法の授業だ。
少しの期待を隠せず、ちょっと眠れない夜を過ごした。
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