『魔法』の理屈がわからない

鍵谷悟

第1話 留学先は魔法の世界

『魔法』。

 空想の世界の産物、手垢まみれになっていたそんなモノが現実になったのが今から15年前。

 地元の小さな田舎町である日突然『ゲート』が開き、その中から現れた存在が明かしたその技術は、世間を騒がすには十分すぎるコンテンツだった。

 しかし、国家や連合どころか異世界とのコミュニケーションなんて15年程度では確立できるものではなく、未だに手探りな状態が続いている。

「なんて言ってるけど、明らかに警戒してるよな」

 魔法の世界に繋がる『ゲート』を名目で建てられた巨大な建造物を眺めながら、展望公園の手すりに体を預け、ペットボトルの水を口に流し込む。

 家から出発して45分ほど、体力作りで毎朝訪れている場所で休憩がてら霧をまとった大きな壁をぼーっと見つめていた。

 盆地の中にある田舎にありながら、最新技術の粋を注ぎ込んだであろうその壁ができる前は、見るからに空想の世界の『魔法』然とした巨大な『ゲート』を展望できると、この展望公園も観光名所にしようと作られたらしいが、大使館としてのあの建造物ができてしまったことにより、あまり人の来ることのないただの公園となっていた。

 個人的な意見を言うならば最新の技術によって建てられたそれを見るのは割と好きで、ランニングコースに入れているのだが…

 しかも、異世界からの観光客を目的とした施設も1つ2つできる頃には、『ゲート』の仕組みだか限界だかでまともに行ったり来たりできないことも判明した。

 外交的にも一般人が許可もなく向こうの世界に行けたりこちらの世界に来られるわけでもなく結果、俺の生まれ育った町は「なんか世界的には重要な施設があるのに人の出入りはそこまでない」という微妙極まる町になっていた。


 しかし、まぁ人生何があるかわからないとか、ありふれた言葉にもありふれる理由があるわけで。


『異界交流のための留学生制度について』

 ある日、唐突に学校の指導室に呼び出された俺の前に、いかにもお役人じみた表書きの封筒が差し出された。

 俺を待っていた役人のおっちゃんの説明を聞きながら、数年前から始まった制度のニュースを思い出していた。

 文化交流のためにお互いの世界の学生を数人ずつ留学させるその制度。

 今までは厳しい試験に合格できるような選りすぐりのエリートがこちらの世界から送られていたその制度。

「向こうの世界の外交官から、君に指名があったんです」

 疲れの見えるスーツのおっちゃんに懇切丁寧に説明(説得)され、異世界への留学への手続きについて「何か質問はあるかい?」と言われても、

「はぁ」

 以外の言葉が出なかった。

 それから、おっちゃんの説得と正直異世界に興味があったこともあり、留学をすることを決め、家族に説明して手続きだ準備だと忙しい期間が過ぎた。


「いよいよだね」

 この数か月、やり取りをしていてすっかり顔なじみになった役人の安藤さんの運転する車で、毎日のように眺めていた大使館に到着する。

 中に入り、セキュリティゲートをくぐった先に、子どもの頃に見たビルほどの大きさの光の渦が変わらずそこにあった。

 初めて実物を目にし、当たり前ではあるのだがあまりに俺の体感していた現実とかけ離れた存在に、息を飲んだ。

 すると、俺と安藤さんに気付いたのか、『ゲート』の方からフードを被った足元までの長さのマントを着た人物が歩いてきた。

「キミが佐倉秋人さくらあきと君だな」

 立ち止まったその人物がフードに手をかけ、そのまま後ろにやると同時。

 何かの花の香と共に、黄金に輝くその髪がふわりと舞った。

 色の薄い肌、俺たち人間と比べて長く、鋭い耳。

「あちらの世界の住人、エルフのアウラだ。これからよろしくな」

 そう名乗ったエルフの女性、アウラがウインクと一緒に手を差し出してきた。

「よ、よろしくお願いします。佐倉秋人です」

 そう緊張交じりに返した俺の手を取り、アウラは満足そうに笑った。

 アウラに手を引かれ、『ゲート』の前に立つ。

「事前に聞いてると思うが、私からも改めて」

 手をつないだままこちらを振り替えったアウラが口を開く。

 現在のところ、魔法世界に繋がっているこの『ゲート』を渡るためには、アウラ達エルフの手を借りる必要があり、彼女と手を繋いだままゲートに入り、少し歩く必要があるという。

 てっきり男のエルフが迎えに来ると思っていたので、少し年上ぐらいに見える女性が来たことに内心緊張していた。

 そんな俺を見て、アウラは「大丈夫、今までに事故や不具合が起こった事なんかないさ」と頭をぽんぽんと優しく叩く。

 …『ゲート』をくぐるのが怖いとか不安とか、そういう緊張ではないのだが、本当の理由を言う訳にもいかず、されるがままになる。

「いざ、キミの初めての異世界へ」

『ゲート』に向き直り、アウラが目を閉じて少しして歩き始めた。

 その歩みに合わせるように、俺も『ゲート』へと足を踏み入れた。


「着いたぞ」

 しばらく光の中を歩いていたのだが、アウラの声に気づけば森の中にいた。

 そう、森の中だ。

 背後には二人で通ってきた『ゲート』があるが、正面には森としか言いようがないぐらいのそれが広がっていた。

 俺の横でアウラが体を伸ばしていた。

「んーっ、はぁ…どうもお前たちの世界は息苦しくて良くないな」

「息苦しいってか、まぁあの施設の中じゃ…」

 建物としては大きく、『ゲート』がある分吹き抜けのようになっているとは言え、ビルの中だ、どこか息苦しくてもしょうがないだろう。

「あーいや、そういうことじゃない」

 俺の返答が的を射ていなかったのか、ぽりぽりと頬を掻くアウラ。

 ? どういうことなんだろうか。

「あっちの世界の外交官はどうしてああも堅苦しいんだ…」

 留学生の迎えに俺たちの世界に行った後も、アウラ本人にはどうも息苦しい接待を受けていたらしい。

 俺を待っている間、どうにも落ち着かなかったとのことだ。

「おっと、忘れない内にこれを渡しておく」

 そう言ってから取り出したのは、宝石にしては大きめの石が木でできた枠の中に入っているペンダントだった。

「何これ」

「それを身に着けている間、エルフの言葉と文字を理解することができる、そっちでいうところの翻訳機みたいなもんだ」

 つまり装備するほんやくコ〇ニャクと。

「ってことはアウラは俺たちの言葉が分かってたのか」

「何言ってる、翻訳なんて両方の言語を理解する奴がいて初めて成立することだろう」

 確かに。

 アウラから受け取ったペンダントを首にかける。

 うっすらと青く光る宝石が自分の胸元にあるが、どうにも似合わないな。

「あぁ、そうじゃない」

 アウラが俺のシャツをくいっと引っ張り、ペンダントをその中に落とした。

 急なことに反応することができず、なすがままアウラの方を見ていると、説明を求めたのかと思ったのか、アウラが口を開いた。

「それは一応こっちの世界では存在を公にしていなくてな、できる限り人目に触れないようにしてくれ」

「そ、そうなのか?」

「明かすものじゃないというか、まぁ…その内なんとなく分かる」

 随分歯切れの悪い返答だが…その内分かるって何なんだ。

「ちなみに金銭的な意味でもかなりのものだから、なくしたり壊したりしないようにな」

 …なんか急にペンダントが重くなったように感じる。

 ただの庶民だったんだ、急に高価な物を渡されても困惑の方が勝る。

「まぁその装飾にも魔法がかかってるから、落としたり踏んだり程度じゃ壊れないから心配するな」

 気休め程度にそんなことを言われても、無くすことには自分で注意するしかないよなぁ。

 そこまで言って、アウラは改めて自分の荷物を肩に担ぎ直す。

「んじゃ行くぞ」

 アウラが歩き出すが、その先には森しかない。

 少し切り開かれた道が続くだけだ。

「最寄りの町に昼までには着きたいしな」

 ……はい?

 すでに歩みを進めていたアウラを慌てて追う。

「移動手段とかないのか?」

 ぎくりと肩を震わせたアウラ。

 ぎこちなく振り向くその表情は、どことなく申し訳なさそうで。

「この辺は『ゲート』の発する魔力の影響で、魔法も使えず動物も嫌がるから歩くしかないんだよ…」

「マジか」

 留学資料にあった当日の準備に、『歩きやすい格好で』と遠足かなんかかと思っていた注意書きの意味をようやく知ることになった。

 


 

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