N極単極子ビーム砲の謎

「蓄電池が逼迫しておるだと? 好都合だ」

博士は動じず、シート脇の小さな蓋を開いた。帯のようなケーブルと猫の額より小さなキーボードを取り出した。上下左右に揺れる車内で機銃掃射のごとく打鍵する。フロントガラスに複雑な数式が連なった。

「博士、これは?」

ハンドルを握る花子の眼が丸くなる。

「そうだ。覚えておろう。こんなこともあろうかと、あれを積んできた」

ジゴワットが振り返ると車のリアバンパーが跳ね上がった。そしてコの字を伏せたような尾翼に変化し、燐光が周囲を漂い始めた。

「N極単極子ビーム砲って暴発の危険があるんじゃなかったですか」

嫌な予感がする。ジゴワットが大仰かつ自信満々な態度をとる場合は必ず期待に反比例する結果を招く。端的に言えば良くて大爆発、悪くすれば地形が変わる。しかし、幸いな事に失敗の連続にかかわらず負傷者は一人も出ていない。せいぜい取材に来た女性記者を焦げた下着一枚にした程度だ。

「ここならば誰も巻き込まん」

そういうと赤いボタンを押した。リアウイングがぱぁっと白熱し、カマドウマンからビームの波紋が広がっていく。いや、正確には何らかのエネルギーを吸収している。その証拠にバッテリーの電圧がレッドゾーンを振り切った。

「博士、これは?!」

「思慕ノイズを吸収しているのだ。私の理論は正しかった」

ジゴワットの説をかいつまむとタイムマシンはありえない代物だ。熱力学の法則に従えば覆水盆に返らずである。こぼれた水はまた汲めばよいのだが、それは新たな歴史を刻むことで過去を消す行為とは異なる。ただ、相対性理論の解釈次第では時間遡行の望みはある。しかし現実問題として過去を覗こうとすると、”未来へ向かう時間の矢”と観測者の”郷愁”が激しくせめぎあう。これをジゴワットは思慕ノイズと呼んでいる。葛藤が生み出す摩擦が莫大なエネルギーの壁となって人類の時間旅行を阻んでいるのだ。

「N極単極子は突破口をうがつ粒子でしたよ…ね」

花子はしかめっ面でハンドルを握る。筋肉痛で腕がちぎれそうだ。

「そうだ。通常の磁石は両極を持つ。これをいくら粉砕しても不思議なことにNS両極は必ずついてまわるのだ。絶対に不可分だと言われてきた。ところが、理論上は片方が極端に長い磁石が考えられる」

例えばN極が異常にながい棒磁石を想定する。対になるS極が無限のかなたにあると仮定すればN極だけの磁石は理論上はありえる。

「N極単極子は両極端の片割れ」

「そうだ。花子君、しっかりハンドルを固定してくれたまえよ」

ジゴワットは入り乱れた思慕ノイズに焦点をあわせた。

堰を針で付いたように細く鋭いエネルギーがカマドウマンに集中する。

ばきっとメーターの針が折れた。これ以上はバッテリーが過充電する。

「博士、いつまでですか?」

花子の筋肉疲労も限界だ。

「まだまだっ…いまだ!」

言い終えぬ間にハンドルから手が離れた。

ドカンと衝動がカマドウマンを蹴り上げた。


◇ ◇ ◇

どこをどう辿ったのか知らない。

気づくと車は錆びついた廃墟に停車していた。ツンと据えた金属臭で目が覚めた。

「博士、あれ」

花子はフロントガラス越しに赤い旗を掲げた戦車の群れを見ていた。数え切れない砲身がこちらを向いている。

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