トランスヒューマニズム

 アドルフ・ヒトラーは人類を超人的な支配者層と機械的に生きる労働階級に二極化しようと企んだ。その試みは西暦2039年に完成するという。そして、究極目的はニーチェが唱える超神思想にあるという。


 だが、行き過ぎた進化も女性のヒステリーに打ち勝つことだけは出来なかったようだ。


◇ ◇ ◇

その様子を第五次元の「高み」からじっと観察する者がいた。

「そうか、そういう経緯だったのか」

タイムカマドウマンと瓜二つの筐体がメタリックボディーに光の奔流を照らしていた。

ジゴワット博士は抜け目がなかった。来航先の遭難を想定して予め幾つかの世界線をタイムマシンに「紐づけ」しておいたのだ。通常、我々の身近にある物体は個別の世界線を引きづっている。特に安定して在り続ける物は存在確率に「相応の余裕」を持っている。考えてみよう。忙しい朝の食卓からテーブルや椅子が忽然と消えるだろうか。バタバタと目まぐるしく変わる状況に家具が翻弄されて「どこかの世界線」に流される事は無い。

「存在確率増幅装置の調整に苦労した甲斐がありましたね」

花子は徹夜の作業を述懐する。あれはパラメータ設定をしくじった夜の事だ。カマドウマン本体でなく、傍にいた花子が分裂してしまったのだ。幸い、電力不足で事なきを得たが、一歩間違えればセイウチが地図から消えていた。

「機械―いや、ハイブリッド生命どもがオゾン層を破壊してくれて助かったよ」

ジゴワットは気づいたのだ。花子を襲った機械は体内に精液を蓄えていた。むろん、過去人から搾取したに違いない。厳重保管するほど強烈な放射線が降り注ぐ世界を利用しない手はない。彼は雷を増幅装置に招き寄せた。そして予備の世界線を命綱にして難を逃れると同時に増置が排泄した「余剰の存在確率」を反動に用いた。かくして二人の残像があの世界に残され、反作用でカマドウマンが第五次元に浮上した。残像の末路は今しがた観たとおりである。

「それにしてもどうして人類はああなってしまったのでしょう」

花子は気に入らない。雌のゴキブリ人間が家庭や社会を支配している。

「君もネットやオカルト雑誌で知っているだろう。影の政府は人間を支配できても進化に屈服した」

サイバネティクスやバイオテクノロジーで人間を機械的に進化させようという試みがある。超越人類思想トランスヒューマニズムという。

「感染症やハードウェアの誤動作でバケモノ方面に進化しちゃったんですね」

「そういうことだ。花子君」

「こうならないように今の私たち一人一人が自覚を持たなくちゃいけないんですね」

助手がカマドウマンの進路を西暦202X年代に向けようとした時、事件が起こった。眼下に一望する世界線が滅茶苦茶に乱れた。複雑に絡み合いうねり、やがて大きな渦となってマシンを呑みこんだ。

「花子君、死んでもハンドルを離すな」

「やってますが、バッテリーが持ちません」

運転席の計器が明滅し、増幅装置の電圧がみるみる下がっていく。




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