醜悪なる世界線

 

ふっと何もかもがかき消すようになくなって、灰色の世界が戻ってきた。

ゴトゴトと重苦しい響きを立てて粒が降り注いでいる。視界は見渡す限り灰色。そしてミクロサイズで泡立っている。観察しようと凝視していると眼痛がする。

砂の雨だ。平面世界フラットスクリーンに砂がふぶいている。

 それがサッと片づけられ、かわりに赤茶けた大地があらわれた。荒涼とした大地に工作物は見当たらず、代わりに蟻塚らしきものが点在している。よくよく見ればゴミの山だ。廃タイヤ、プラ容器、ズタボロのソファ。おおよそ文明の残滓がきれいな円錐を描いている。そこに蠢くのは人ならざる者たちだ。


 一軒家ほどもある巨大な甲殻類が筐体を節足で器用に抱えて持ち去る。しかも二足歩行だ。そいつは荷物を巣の一角に置くと、気門からフウッと排気した。


 足元にはひしゃげた車と白目を剥いた遺体が転がっている。

 二体。人間の男と女だ。車のほうはぺしゃんこになって割れた後部から部品がはみ出している。修理は不可能だろう。人間のほうも絶望的だ。

さてどうしたものかと節足を腰にあてていると、幼生らしき個体がバタバタと飛んできた。そして、噛みついた。

 キシャーっという抗議に親は耳を貸さない。

神の聴覚で翻訳するとこのような会話が交わされている。


(ママのばか! せっかくいいところだったのにぃ!!)

 ジタバタさわぐ子虫をよそに、母虫はスクリーンを噛み砕く。液晶画面が鋭い顎でバリバリと割られ、口吻に運ばれる。


(古代人ホイホイは健全なゲルマンの遺伝子を取り戻すためにあるのよ! 子どもの遊び道具じゃありません!!)

(だって、ママー!)

(聞き分けのない娘は総統に「メッ!」してもらいますよ)

 母娘が絡み合っていると、卍柄を背中に背負ったひときわ大きな個体が歩み寄った。

(はっはっはっ。いいじゃないか。花子のような跳ねっ返りにこの子が憧れるのも健全な先祖返りのあらわれだ。違いますかな?)


 父親らしき節足動物が蟻塚の居間らしき空間によじ登った。そこには豪邸だった建築物の一部が移築され、応接セットや絵画まで掲げられている。

父虫が磨かれた壁面を振り向くと、そこにカイゼル髭の男が明滅していた。

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