第203話 最後のサプライズ


 あおいの報告が終わると、直希はマイクを手に続けた。


「それでなんですが、これ以上の機会は恐らくないと思いますので、最後にもう一つ、皆さんにご報告したいことがあります」


 その言葉に、未だ興奮冷めやらない入居者たちが、再び直希に視線を向けた。


「なんだ直希、まだ何かあるのか。小山さんが歩けるようになった、菜乃花ちゃんと兼太くんが付き合うことになった。あおいちゃんが新しい一歩を踏み出した……正直もうお腹いっぱいなんだが」


 栄太郎の言葉に苦笑しながら、直希の隣につぐみが立つ。


「今ここには、俺たちにとって大切な皆さんが集ってくれました。だから……ここで伝えるのが一番いいだろう、花見が始まった時に、つぐみと話してたんです」


「ダーリン、それってまさか」


 明日香の言葉に照れくさそうにうなずき、直希が言った。


「つぐみのお腹に、その……俺たちの未来が宿ってくれました」


 直希の言葉に、辺りが水をうった様に静まり返った。


「あ……え?皆さん?」


「直希、言いたいことは分かるけど、変化球過ぎるわよ」


「そうなのか」


「そうよ、ふふっ……私、妊娠したようです」


 つぐみが頬を染めてそう言った。


「三か月に入ったばかり、まだまだ体調も不安定なんですが、私たちの元に来てくれた新しい命、大切に見守っていきたいと思ってます」


「つぐみには、安定するまでは仕事を抑えるよう言ってます。皆さんに少しご不便をかけることもあると思いますが、どうかよろしくお願いします」





 二人からの突然の報告。

 先程まで賑わっていた会場が、長い沈黙に包まれた。

 あおいも菜乃花も、栄太郎に文江、東海林も、兼太までもが唖然とした表情で二人を見ている。


「あ、あの……皆さん?」


 その反応に直希がとまどい、苦笑しながら頭を掻いた。


「えええええええええっ?」


 堰を切ったかのように起こった驚きの声。直希とつぐみの顔が引きつる。


「な、な、な、何今の、ダーリン今、何て言ったの」


「あ、いや、だから……明日香さん、ちょっと落ち着いて」


「つぐみさんつぐみさん、本当なんですか」


「ええ、お医者さんにも行ってきたからね、間違いないわ」


「嬉しいです、おめでとうございますつぐみさん」


「ありがとう、あおい」


「あ、その……つぐみさん、おめでとうございます」


「菜乃花……うん、ありがとう」


「ダーリンってば堅物そうな顔をして、一体いつの間に」


「いやいや明日香さん、そういう表現はちょっと」


「でもおめでとう、ダーリン。よかったね」


「はい、ありがとうございます」


「ママー、直希どうしたのー」

「つぐみんとどうかしたのー」


 みぞれとしずくが、よく分からない顔で明日香に聞いてくる。


「そうだね、あんたたちにはちょっと難しいよね。あのね、直希とつぐみんにね、赤ちゃんが出来たのよ」


「赤ちゃん!どこにー」

「どこどこー」


 赤ちゃんというワードに二人が目を輝かせる。


「今はまだ、つぐみんのお腹の中で眠ってるんだよ。もうすぐしたら目を覚ましてくれるんだ。あんたたちもそうやって生まれてきたんだよ」


「そうなのー、すごーい」

「つぐみーん、お腹見せてー」


「こらこらあんたたち、ちゃんと優しくするんだよ」


「ふふっ、いいわよ」


 つぐみが微笑むと、明日香に言われた通り、優しく優しくつぐみのお腹に手をやり撫でる。


「この子が生まれたら、仲良くしてあげてね」


「分かったー」

「分かったー」


 入居者たちが興奮気味に二人に駆け寄る。

 生田は目を細めてうなずいている。西村は涙を流しながら万歳をしている。

 山下も小山も嬉しそうに笑い、つぐみの手を握る。節子はつぐみのお腹を撫で、「でかしたな」と微笑んだ。

 東海林は感極まって号泣し、つぐみを抱き締めて女性陣に叱られている。




「直希、よかったな」


 栄太郎と文江が目を腫らしてやってきた。


「じいちゃん……うん、ありがとう」


「ナオちゃん……本当に、本当におめでとう。あの子たちもきっと、喜んでるわ」


「ありがとう、ばあちゃん。この子が生まれたら、つぐみの次にばあちゃんに抱いて欲しいんだ。その時はよろしくね」


 その言葉に文江が涙を拭い、うなずいた。


「これでお前も、本当の意味で一人前だ。これからもしっかりな」


「勿論。頑張るよ、俺」


 そう言って笑顔を向けると、栄太郎に抱き締められた。





「それで?男の子か女の子かは、まだ分かんないんだよね」


「流石にね」


「じゃあ名前もまだ、決めてないんだ」


「一応決めてはいます。どっちでも大丈夫なように、男の子と女の子の分、両方」


「そうなの?教えて教えて、何て名前にするの?」


 明日香の言葉に、また周囲の注目が集まった。


「ああいや、それは……」


 動揺していると、つぐみが小さく笑って直希の袖をつかんだ。


「いいじゃない。ここで発表、してしまいましょ」


「つぐみ……」


「この子は私たちの未来。そしてあおい荘の希望になるんだから」


「……うん、そうだな。その通りだ」


 直希が笑顔でうなずき、つぐみの手を握って前を向いた。


「男の子なら、直哉にしようと思ってます」


「ダーリンのお父さんが直人、そして直希ときて直哉か、なるほどね」


 明日香が大袈裟にうなずくと笑いが起こった。


「そして女の子なら」


「女の子さね」


「……え?節子さん?」


「その子は女の子さね。間違いないよ」


「節子さん節子さん、どうして分かりますですか」


「つぐみ嬢の物腰、雰囲気、そして顔つきから分かるさね。私はこの予想で外したことがないさね」


「つぐみさんの雰囲気……どういうことですか」


「古い迷信さね。科学的な根拠は何もない。でもね、全てが科学で解明出来てるものでもないさね。それに……昔の人のこういう洞察力は、ある意味科学を凌駕してるからね」


「なるほどなるほど……それで女の子というのは、どういうことですか」


「昔から、男だと妊婦の顔が少しきつくなるんさ。女なら優しい顔に。つぐみ嬢をずっと見ていたが、最近本当に穏やかな顔になったと思ってたんさね。妊娠してると聞いて、納得したさね」


「確かに……最近のつぐみさん、少し優しいと思ってましたです。それに綺麗になったと思ってましたです」


「も、もおっ、あおいったら……そういうのはいいから」


「話の腰を折ってすまんかった。続けていいさね」


「じゃあ直希、発表して」


 つぐみに向けられ、直希が照れくさそうにうなずき、栄太郎と文江を見た。




「――女の子なら、かなでにしようと思ってます」




 その言葉に、文江はその場に膝をつき号泣した。

 文江の元に駆け寄った山下と小山が抱きかかえ、「おめでとう、文江さん」と囁く。


「じいちゃん……いいかな」


「直希お前……バカ野郎、この大バカ野郎が。いいに決まってるだろうが」


 栄太郎が流れる涙を拭おうともせず、直希を力いっぱい抱き締めた。


「このバカ孫……なんてプレゼント、よこしやがるんだ」


「ありがとう、じいちゃん……だからじいちゃん、ずっとずっと元気でいてくれよ」


「勿論だ。奏ちゃんを抱くまで死んでたまるか。いや、せめて成人するまでは生きてやるさ」


「ははっ……ありがとう、じいちゃん」


 直希の目にも涙が光る。

 直希とつぐみを取り巻き、涙と笑顔が溢れていた。

 菜乃花も涙を浮かべ、兼太の手をしっかりと握っている。

 あおいはしおりと抱き合い、声を上げて泣いている。




 桜の花びらが舞い散る中、あおい荘の花見大会はこうして幕を閉じた。



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