第202話 明日への決意


「あの、その……皆さん、今日は本当にありがとうございました。今回のお花見、私たちにとっては初めての企画となったイベントでした。色々と不備もあったと思いますが、何とか無事故で終わることが出来て、その……ほっとしてます」


 マイクを手に、菜乃花が緊張した面持ちで締めの言葉を口にする。


「このあおい荘が出来て一年、本当に色んなことがありました。楽しいこと、嬉しいこと。それに、その……辛いこともありました。

 でも私は今、その全てに感謝したいと思います。そして、このあおい荘に出会えて幸せだと思ってます。

 これからも皆さん、どうかよろしくお願いします。今日は本当にありがとうございました」


 頭を下げると同時に、参加者たちから温かい拍手が送られる。

 菜乃花はあおいと顔を見合わせ、照れくさそうに笑った。


「ではここで、直希さんに最後の挨拶をしてもらいたいと思いますです」


 そう言ってあおいが直希にマイクを渡す。突然マイクを渡された直希だったが、うなずくと皆の前に立った。


「……今回の企画は、あおいちゃんと菜乃花ちゃんに全て任せました。彼女たちにとって初めての大仕事なので、正直この日を迎えるまで、俺もかなり気になってました。

 心配はしてませんでした。彼女たちはこの一年で、本当に頼れるヘルパーに成長してくれました。二人によく言ってるのですが、技術は後からついてくる。今出来なかったとしても、心配しなくていい。でも二人には、入居者さんに対する思いがある。それがある限り、彼女たちは世界一のヘルパーなんだ、そう思ってます。

 つぐみに支えてもらいながら、何とか立ち上げることが出来たこのあおい荘。そこにこんなに早く、未来の希望が入って来てくれました。その二人の成長が見たい。そう思い、今回の企画となりました。

 あおいちゃん、菜乃花ちゃん。本当にありがとう。最高のお花見だったよ」


 直希の言葉に、入居者たちから二人に拍手が送られる。


「この4月から、菜乃花ちゃんは介護の勉強をする為、専門学校に入りました。最高の気持ちを持った彼女がそこで介護の理念を学び、知識を蓄え技術を習得していく。それは俺たちにとっての希望です。彼女がこれから成長していく姿を、どうか温かく見守ってあげてください」


 菜乃花は赤面しながら、


「ご迷惑をかけることもあると思いますが、これからもよろしくお願いします」


 と頭を下げた。隣にいる兼太も一緒になって頭を下げ、「よろしくお願いします!」そう言った。


「そして……なんですが、折角の機会ですので、ここで皆さんにご報告しようと思います」


 そう言って直希があおいを見る。あおいはうなずき、緊張した面持ちで直希の隣に立った。


「あおいちゃん……風見あおいさんなんですが、実は新しい職場で働くことになりました」


「え……」


 その言葉に、しおりが思わず声を漏らした。

 入居者たちもざわつく。


「突然の報告になって申し訳ないのですが、近々街の特養(特別養護老人ホーム)で働くことが決まりました。

 彼女はこれまで、介護の世界というものを全く知りませんでした。ですがこのあおい荘に出会い、皆さんと触れ合っていく中で、俺たちの理念に共感してもらい、この世界で生きることを決めてくれました。

 皆さん知っての通り、彼女は本当に真面目な人です。どんなことにも真摯に向き合い、自身の成長の為の努力を惜しまない人です。そんな彼女だからこそ、僅か一年足らずの間に実務者研修までも受講したのだと思います。

 さっき俺が言った技術の話になりますが、彼女はずっと葛藤してました。そんなに焦らなくてもいい、そう言ったのですが、実直な彼女はそれをよしとしなかった。自分に欠けている技術をどうしても学びたい、身につけたい。それがいつか、このあおい荘で役にたつんだと信じています。

 だから俺は、彼女の意思を尊重しました。あおい荘とは違う施設を知ることで、彼女が今より一回りも二回りも大きくなってくれる、そう信じています。

 とは言え、今あおいちゃんがいなくなることは、皆さんにも受け入れられないと思います。勿論、俺もです。彼女は大切な仲間です、家族です。そしてそれは彼女の中にも強くあります。

 ですから皆さん、安心してください。特養(特別養護老人ホーム)には当面、週三日のパートとして働くことになります。住まいもここのままです。そして仕事のない時は、今までと変わらずここで皆さんと共に生活してもらいます。俺としては、休みの時にはちゃんと休んでほしいのですが、彼女の強い要望もあり、ここでも週三日、働いてもらうことになりました」


 そう言ってあおいにマイクを渡す。あおいは「ありがとうございますです」そう言ってマイクを持つと、大きく息を吐いて入居者たちに言った。


「今直希さんに言っていただいた通り、私は特養(特別養護老人ホーム)でも働くことに決めました。これからもあおい荘で皆さんと、ずっと一緒に過ごしていきたい……だから少し寂しいです。ですが私は、直希さんの掲げる理想を実現したいです。このあおい荘をスタートにして、いつかは世界中に広げていきたい、そう思っています。

 その為に今、私は何をしたらいいんだろう、ずっと悩んできましたです。そしてそんな時、姉様の施設で働かせていただいて……目が覚めたような気がしました。現状に満足している自分が嫌になりました。私は何も出来ていない、そう思いましたです」


「あおい、あなた……ごめんなさい私、そんなつもりじゃ」


「いいえ、姉様が謝ることはありませんです。それに私は、貴重な経験をさせてもらった姉様に感謝してますです。現状に満足せず、常に前を向いて研鑽に努める。そのことに気付かせてくれたのは姉様なんです」


「あおい……」


「ですから私は、自分をもっと高めていきたいです。もっと世界を知りたいです。そしていつか必ず、直希さんの隣に立って、一緒に同じ景色が見たい、そう思っていますです。ですので……私の我儘わがまま、どうか許してくださいです」


 言葉が終わると同時に、しおりが駆け寄ってあおいを抱き締めた。涙を流し、「あおい、あおい」と声を上げる。

 入居者たちもあおいの元にやってきて、口々に励ましの言葉をかける。


「少し寂しくなるが、あおいくんの未来の為なんだ」


「私たちはずっと一緒よ」


「立派になって帰って来てね。でもあおいちゃんはずっと、あおいちゃんのままでいてね」


 その言葉に笑顔で応え、あおいも嬉しそうにうなずいた。


「私は……私はこのあおい荘が大好きです!ここが私の家なんです!」



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