第201話 届いた想い


 興奮が続く中、花見大会は始まった。

 あおいと菜乃花が慌ただしく場内を動き回り、皆に酌をしていく。

 気になった直希が立ち上がろうとするが、その度に「今日はまかせてくださいです」と何度も断られた。

 落ち着かない直希につぐみは、「任せたのは直希でしょ。ほら、もっと落ち着いて。私たちも楽しみましょう」と笑った。


 今回の花見大会。直希に任されたあおいと菜乃花は、企画の段階から入居者に協力を申し出ていた。

 施設での催しごとに利用者も協力する。そこに必ず意義がある、そう思っての行動だった。


 今回は女性入居者に協力してもらった。次の企画の時は男性陣に依頼するつもりだった。

 料理は菜乃花と小山、文江が担当した。

 山下は「桜」にまつわる映画の紹介をする。

 そして節子は「花見」そのものについて語った。


「花見の起源には諸説あるんじゃが、奈良時代には始まっていたとされている。もっともその頃は貴族の間での風習で、花も桜ではなく梅だったようさね。

 それが平安時代になって、桜へと変わっていった。その頃から桜は、日本人にとって特別な花となっていった。

 花見と聞いて有名なものと言えば、太閤秀吉の「醍醐の花見」や「吉野の花見」と言ったところかね。その頃には桜というもんが、武士の生き様、哲学に重ねられていたとも言える。

 桜の如く、散り際も美しく……そう言う意味では、果たして私らはこの場にふさわしいと言えるかどうか」


 その言葉に入居者たちから笑いが起こる。


「いやいや節子さん、それに皆さんも。そこは笑っちゃいけないところでしょ」


「じゃが」


 節子が直希の言葉を遮る。


「今日の小山さんを見てるとね……老いてなお生に執着し、青年の様に前を向いて日々を戦い生きていく……そんな生き方もありと思うさね」


 節子がそう言うと、入居者たちから力強い拍手が沸き起こった。


「生涯青春。あおい荘に住む私たちは、これでいこうと思うさね!」


 節子が笑顔で、直希に向かって親指を立て、笑った。


「節子さん……」


 節子の言葉に入居者たちは立ち上がり、同じく親指を立てて直希に向けた。


「皆さん……そうですね、生涯青春、それでいきましょう!」


 直希も立ち上がり、皆に向かって親指を立て、笑った。





「それではそろそろ、次のサプライズに移ろうと思いますです」


 盛り上がっている中、あおいの言葉に菜乃花が立ち上がった。


「次のサプライズって……何だろう、まだあったんだ」


「そうみたいね。何かしら」


 直希たちが、入居者たちが菜乃花に視線を移す。

 菜乃花は耳まで赤くしてうつむいている。足も震えていた。


「菜乃花ちゃん、大丈夫かい」


「はい、大丈夫です……私、ちゃんとやりますので」


 あおいが持って来た水を飲み干すと、菜乃花は大きく深呼吸をし、覚悟を決めた様子で前を向いた。


「あの、その……サプライズと言いますか、皆さんに報告したいことがあります」


 静まり返った場内に、菜乃花の震える声が響く。


「あの……この話、まだ誰にも言ってないんです。あおいさん以外には誰も」


「と言うことは小山さんも」


「ええ。菜乃花、一体どうしたのかしら」


 小山も心配そうに菜乃花を見つめる。




「わ、私、小山菜乃花は、その……今日ここに来てくれている、生田兼太くんと、その……お付き合いさせていただくことになりました!」




 言葉と同時に兼太が隣に立ち、


「皆さん、その……よろしくお願いします!」


 と、二人一緒になって頭を下げた。





「え……」


 直希が声を漏らす。


 生田も小山も、呆然とした表情で二人を見つめる。


「えええええええええっ?」


 明日香の叫びをきっかけに、静まり返った場内が一気に賑やかになった。


「な、な、な、なんで?いつどこでそんな話になったの?あたし、全然気づかなかったんだけど」


「あ、明日香さん……いえその、そうならないように頑張って隠してたので」


「隠すのうますぎだよ!本当に気づかなかったんだから!てか、いつそうなったのよ!」


「あ、はい……実は先月、卒業式の時に兼太くんを呼んで、そこで」


「と言うことは、なのっちの方から告白を?」


「は、はい……と言うか明日香さん、恥ずかしいのでそんなに食いつかないでください」


 真っ赤になった菜乃花が、両手で顔を隠して訴える。


「け、兼太、今の話、本当なのか」


 動揺を隠しきれない様子で、生田が兼太に声をかける。


「ごめんねじいちゃん、今まで黙ってて。菜乃花ちゃんの方から、今日発表するまでは内緒にしてほしいって言われてたんだ」


「いや、それはいいのだが……本当なんだな」


「うん。でもよかった、元警察官のじいちゃんを騙せたの、初めてだよ」


「こいつ……ははっ、生意気なことを」


「私、その……去年、皆さんの前で直希さんに告白をして……あの時は本当にご迷惑をおかけしたと思ってます。

 私はずっと、直希さんのことが好きでした。私にとって直希さんは、初めて怖くないって思った男の人でした。優しくて穏やかで……こんな人と一緒になれたら、きっと私は幸せになれるだろうなって思ってました。

 そんな私のことを、兼太くんが好きになってくれて……告白もしてくれました。でも私は、やっぱり直希さんのことが好きでした。諦めたくありませんでした。だからあの日、ニ回目の告白をして……

 あの時直希さんから、私と付き合うことは出来ないと、はっきり言われました。本当に辛かったです。でも……そんな私のことを、兼太くんはずっと見守ってくれました。涙でぐしゃぐしゃになった私のことを、今でも好きだって言ってくれて……ずっと支えてくれました。

 そして私は、自分の中に兼太くんがいることに気付きました。いつもどんな時でも、兼太くんのことを考えている自分にです。そして思ったんです。

 私はこの不器用な人のこと、好きなのかもしれないって」


 菜乃花の言葉に、兼太が照れくさそうに頭を掻いた。


「でも、その……これまで散々迷惑をかけて、そして振り回してきた私には、兼太くんのことを好きになる資格なんてない、そう思ってました。何より私は、兼太くんの気持ちを知っておきながら、直希さんに告白したんです。私は兼太くんの気持ちを考えず、一番酷い方法で踏みにじったんです。直希さんが駄目だったから兼太くんと付き合う、そんな不義理なことをしてはいけない、そう思ってました」


 菜乃花の言葉に、兼太も生田も真剣な眼差しを向ける。


「バレンタインの日、兼太くんにチョコをあげたんです。いつも迷惑ばかりかけてるし、感謝の気持ちを伝えたいと思って……その時もう一度、兼太くんに告白されて」


 赤面しながら天を仰ぐ兼太。恥ずかしくて仕方のない様子だった。


「私、その時もお断りしました。でもそれは……兼太くんと付き合いたくないからじゃなくて、兼太くんから告白されてはいけない、そう思ったからなんです。今度は私の方から告白するんだ、私が兼太くんにお願いするんだ、そう思ってました。

 そして卒業式の日、兼太くんに連絡をして……私から告白しました。そして、その……兼太くんから付き合おうって言って貰えたんです」


 もう一度深呼吸する。


「ですので、その……生田さん。大切なお孫さんのこと、今までずっと振り回してきた私ですが、どうかお付き合いすること、許していただけないでしょうか」


 そう言って生田に頭を下げる。

 生田は微笑んで菜乃花の元に行くと、肩に手をやり静かにうなずいた。


「ありがとう、菜乃花くん……孫の為に、そんなにたくさん悩んでくれて。まだまだ甘いところもある孫だが、私の方こそ、どうかよろしくお願いします」


「生田さん……ありがとうございます」


 菜乃花が照れくさそうに笑うと、周りから拍手が起こった。


「おめでとう、菜乃花」


「つぐみさん……はい、ありがとうございます」


「菜乃花ちゃん、よかったね。それに兼太くんも、おめでとう」


「直希さん、はい、これからもよろしくお願いします!」


 今度は菜乃花と兼太の周りに皆が集まり、祝福の言葉を投げかける。明日香も「よかったね、なのっち」そう言って菜乃花を抱き締めた。

 菜乃花も兼太も幸せそうに笑っている。

 そんな二人を見つめながら、しおりも手を叩いていた。


「介護施設で実った恋……新藤直希さん、本当にここは面白い場所ですね」


「そうですね……でも、最高です」


「全くあなたたちには……色々と驚かされます」


「ですです。でもこれがあおい荘なんですよ、姉様」


 あおいの言葉にしおりもうなずき、「そうね。これがあおい荘、新藤直希の目指す世界なのね」そう言って笑った。



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